√水杷楓

第28話 √水杷楓①

 この世界が、まさかゲームだなんてな……。


 何度目の朝だろうか。僕は、「自室」のベッドの上で目覚めた。


 冬らしく、部屋は冷え切っている。ただ、布団の中は、外気と異なり心地良い温度を保っていた。


「ははっ……。本当によくできてら……」


 ふかふかの毛布を払いのける。これ一つとっても妙な「愛着」があるから不思議だ。


 マジでリアルなのな――


 部屋を見渡せば、買った家具やら観葉植物が目に留まる。ポインセチアの赤さも、真っ黒な空気清浄機も、テレビ画面の反射も。その全てが、本物に見える。


 また、視覚だけではない。


 部屋の片隅に置かれたルームフレグランスの香りは、ひと嗅ぎするだけでシトラスだと分かる。


 さらに、それらを「買った記憶」があるのが、なんとも精巧だ。


「もしかしたら、如月春一ってのも、偽名だったりして……」


 家具のリアリティが、自分の存在をあやふやにさせる。


 ははっ……。これじゃ、まるでマトリックスみたいじゃないか。


 この記憶、この言葉すらも、作られているような気がする。


 ただ、ゲームをプレイしている「僕」の意識だけは、まごう事無き「自分」なんだろうと推測した。


「我思う故に我あり――ってか」


 デカルトはよく言ったもんだ。


 しみじみ、そう思うよ。 


「……っと、くだらないこと考えてる場合じゃなかった」


 僕にはやることがあるのだ。


――水杷と椎堂さんの攻略。


 そのことを思いだし、シャワールームへと向かう。


 水栓を開くと、温水が流れ、それを浴びつつ思考する。


――まず、どちらから攻めるか。


 好感度が分からない以上、より近しい関係にある人物がいいだろう。


 となると、これまでの経験上、評価の高かった水杷に近付くことがベターか。


 ジャコモモールで先に会うのも、水杷だしな。


 髪を洗い終え、実行に移す。


 大切なことは、どのタイミングで「失敗」したかを覚えることだ。


「メモとペンは……。机の中か」


 思い出しうる限りの行動を書き留めていくと、プラネタリウムへ行ったところまでは、思い出せた。


「ここからどうやり直すかだな」


 メモとペンを胸ポケットへ入れ、いざジャコモへ!


 バスで向かうこと15分。


 何度もモールに到着してすぐ、僕は銀行へと向かった。


 ATMの前に立ち、「覚えている」4桁の番号を打ち込む。


 と、そこでふと思った。


 てか、まったく意識してなかったけど、僕いくらもってんだっけ?


 僕自身の残高でないとは知りつつも、気になって照会したところ、たまげた。


――残高:100万円


「……なんで大学生がこんなにもってんだよ」


 バイトしてるからか?


 いや、それにしても持ちすぎだろ。


 自分で「自分」に嫉妬しつつ、思い切って、10万円を卸すことにした。


 もしかしたら、「攻略」に必要かもしれんしな。


 そのための残高だとすると、上手いこと遣う必要がある。


「一応、書き留めとくか」


――銀行残高、90万円。


 参考までに記帳してから、僕は服屋「クライス」へと向かった。

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