見えない

シアン

見えない

「春休み予定たてた?」

「まだ、何も決めていない。」

 冷たい空気が頬にあたる。暖かくなってきたとはいえ日が暮れてしばらく経つと肌寒い感覚がまだ残る。

 そう、何も決めていない。というか生きるのかさえ決めていない。


「よし、死のう。」

 と決めて四カ月は経つ。もし、私の年代と、この会話をしている時期が分かる人がいるならば、驚くだろう。私がそのような決断をして四カ月が経つということは、夏休み位から決めていたことをずっと引き延ばしている状態なのだ。夏休みの間、何をしていたか。考えたは良いものの、自分を傷つけるのが怖くて痛いことが嫌いな人間だから死ぬのに臆して行動できなかったというのがオチである。そのまま秋学期が始まり、いつの間にか春休みに入りそうな時期になっていた。

 世間一般で大学生の春休みは様々な体験ができる貴重な機会である。特に大学二年生の春休みなんて、もう絶好の機会だろう。そんな浮かれても良いはずなのに未来が全く見えない。いつ何をするか決められない。というよりも私が生きているという未来が見えない。といった方が正しい表現なのだろう。


「どこか行きたいところはないの?」

 と彼女は言葉を続けた。

「…喫茶雨戸屋とか?」

 困ったらこの場所を言う。

「そこのブレンドを飲んだり、あと新しいケーキが出ていればそれを食べたり。」

 思っているのか思っていないのか分からない言葉が口からすらすらと出ていく。すらすらと出ていけばあとは連想ゲームのように言葉を並べると話す。いつもながら口からでまかせすぎて我ながら感心してしまう。

「そこの喫茶店の他だったら県立美術館の喫茶店に行きたいかも」

 口からでまかせで言った。そう言ったと同時に、私はその言葉がなぜか真実味を帯びているように感じた。その場所に行きたいと心から思えた。

 驚いた。まだやりたいことがあったのか。自分の口から発したものがこのような感情につながるとは思いもよらなかった。心の中の蝋燭に火が付いたように感じた。生きている未来が見えそうな感覚がした。


 しかし、

「あなたの願いは何だっけ? 生きることでは無いでしょう?死ぬことでしょう?」

 そんな声がきこえた気がした。きっと心の中のわたしだ。その言葉を聞いて考えてしまった。そうだ、もう死ぬしかないのだ。

 そのせいだろうか。また、風が吹いて蝋燭の火があっという間に消えた。

 そうだ。私は死にたい。大学生になる前からそう思っているし、ずっとそう言っている。その感覚が離れない。また自分の未来が見えなくなってしまった。

 私は笑顔を取り繕いながら、あるはずのない未来をでっちあげながら、夜道を彼女と歩いた。冷たい風が頬に刺さった。

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見えない シアン @HCN_solt

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