第18話 秘密の場所 5


   みなと


「あの後もう一度上演したんだ。けど、時間になっても誰もいない。広い場所でずっと晒し者になっていた。正直天狗になっていた。一人でもやれると思った……。でも、現実は違ったんだ。俺一人じゃまともにお客を呼べない。それでもようやく観に来てくれた人に下手な紙芝居を披露して途中で帰られてしまった。こんなんじゃ駄目だ。それでやる気をなくしたらヤスコに辞めろ、いらないと言われた。だから紙芝居はもうしない」

 沈黙の後、結城くんは自分の中の感情の全てを一気に吐き出すように言う。

 その言葉は小さい呟き声。

でも、今まで聞いた中で一番怖くて冷たいもの。

 何も言えなかった。そんな辛い目にあっていたなんて知らなかった。私の何気ない願望が結城くんの傷口を広げてしまった。反省をしても後悔をしても言ってしまった言葉は消えてなくならない。時間は元には戻ってくれない。

 結城くんが背中を向ける。

 階段を下りていく。

 その姿がなんだかそのまま消えてしまいそうな気がした。

 何か言わないと、

「……好きなの」

 私の口から出た言葉。

 これまでずっと誰にも知られないように隠していた想いを、外へ、結城くんに。



   こう


 階段を下りている俺の背中に藤堂さんの声が。

 驚きで思わず振り返ってしまう。

 こんな風に同年代の異性から好意の言葉を伝えられたのは初めての経験。まあ、劇団のお姉さま方にはからかいでよく言われてはいたけど。

 だから、急激に心拍数が上昇する。

 まともに藤堂さんの顔が見れなくなってしまう。

 こんな時はどう対応すればいいのだろうか? 判らない?

 戸惑ってしまっている俺の耳に藤堂さんの言葉が続く。

「好きなの、結城くんのする紙芝居が。だから辞めた、二度としないなんて言わないで。お願いだからまた紙芝居を上演してよ」

 すぐに勘違いだと思い知らされてしまった。

 ……そうだよな。……そんなわけないよな。

 藤堂さんが俺のことを好きになんてなるはずないよな。自分よりもはるかに背の低い男子に好意を持つわけなんかないよな。

 そう思うけど、内心ガッカリとしてしまう。

 けど、俺のしていた紙芝居を好きだと言ってくれた。

 この言葉は正直うれしい気が。

 だけど、俺はもう紙芝居をしない。必要とされていないから。



   湊


 ずっと内に秘めていた言葉をようやく言えた。

 けど、言ったすぐ後に私は後悔を。言わなければ良かったと思ってしまう。

 そう思ったのは結城くんの表情。

 私の突然の告白に最初は戸惑った、驚いたような顔をしていたけど、その表情が私の続きの言葉で一変してしまった。

 落胆したような、落ち込んでしまったような、それでいて暗い顔に。

 結城くんは何も答えないままで、私に背を向けて階段を下り始めた。

 私もそれに続く。

 悲しそうな、さびしそうな、すごく近くにいるのに小さく見える背中に声をかけようかとしたけど、止めた。

 私がかける声全てが、結城くんを傷付けてしまいそうな気がしたから。

 いつも屋上から教室に戻る道中、互いに無言だった。

 今も無言だけど、いつもとは違う。

 空気が重たいような気が。

 教室までの距離がすごく遠くに感じられてしまう。

 もうすぐ五時間目が始まるから急がないといけないはずなのに。

 それなのに全然前に進まない。

 前を歩く結城くんの背中を見てまた思う。後悔をする。

 言わなければよかった、と。

 あんなことを言ってしまったから、こんな感覚になってしまったんだ。

 それよりも結城くんを苦しめるようなことをしてしまった。

 いくら後悔をしても、後の祭りだ。

 

 翌日、お昼休み。また、私は屋上へ。結城くんに会いに。

 行っても、結城くんを苦しめてしまうだけなのかもしれないのに。

 そう思っているはずなのに、私はまた屋上へと。



   航


 また藤堂さんがここに、屋上に来るなんて思いもしなかった。

 昨日の突然の告白。

 俺のする紙芝居を好きだと言ってくれた。だけど、その想いに応えることはできない。俺は紙芝居をもう辞めた、いや首になったから。

 告白の後で何も話さずに、無言で教室にまで戻った。

 そんな俺の態度に失望をして、もう二度と俺のいる屋上へは絶対に来ないだろうと思っていた。

 それなのに、また彼女はやって来た。

 いつものように俺の横に腰を下ろす。いや、いつもよりも少し離れて。

 今日もまた紙芝居をしてほしいと言うのだろうか。

 いつものように何も話さない。ただ黙ったまま座っている。

 何も言わなくても、なんとなく判る。

 藤堂さんが、彼女がここに、俺のいる場所に来た理由は。

 それなのに黙ったまま。

 チャイムが鳴る。屋上から校舎に戻る。階段を下りる。昨日、この場所で言われた。けど、今日は何も言わない。そのまま教室まで。

 彼女の願いを叶えるべきなのか、それとも一度決めたことを続けるべきなのか。

 もし辞めていなかったら、彼女の告白は素直にうれしく思ったであろう。今後の紙芝居への大きな弾みになっていただろう。

 それくらい、ありがたい言葉であった。

 だけど、俺はもう紙芝居は辞めた。それなのにノコノコと復帰なんかできない。

 それでも藤堂さんは俺が再び紙芝居をすることを望んでいる。観ることを楽しみにしている。

 そのために教室から遠く離れた屋上まで連日脚を運んで来てくれた。

 それに報いるには俺が紙芝居を再びすること。

 それはできない。

 それでも藤堂さんの想いに報いたいという気持ちはある。

 それでも……。

 考えがまとまらない、結論が出ない。

 悩む。するべきか? それとも、しないでおくべきか? 

 結論が出ない。

 せめぎあいが、葛藤が、俺の脳内で四六時中繰り広げられる。紙芝居はもう関係無いことだ、二度とする必要なんて無いはず、ヤスコからもいらないと言われたし。でも、観たいと言う人間がいる、それも可愛い子、良い所を見せたいという助平心も多少ある。否定する意見が出ると、それに反対する意見が出る。脳内の議論は一進一退を繰り返す。全然結論が出ない。

 それでも、悩む、考える。

 ずっと考え続けていると頭が痛くなってくる。

 それでも考える。

 考え、悩み続けた結果、ようやく答えが。


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