放課後アナグラム
そうざ
I Solve Anagrams After School
「タイムアップッ」
教室の中からまた同じ台詞が聞こえた。
パチンッ――そしてまた同じ音がした。
直ぐに虚ろな顔の同級生が出て来たが、僕と視線も合わせず階段を駆け下りて行った。今日は塾の日だと言っていた。それぞれ予定がある中でこのゲームに参加したのだ。
「次の人っ」
女王様の声に応えたのは僕の心臓だった。
恐る恐るドアを開ける。高校受験をリアルに考え始めた僕は、面接の時ってこんなかな、と想像してしまう。
そのシルエットは窓際の傾き掛けた陽光の中に居た。腰に左手を当て、右手は風に微動する長い黒髪に添えている。
用意された席に着くと、机にノートの切れ端が並べられていた。全部で6枚。それぞれにマジックで平仮名が記されている。
「お名前は?」
「
本当に僕の名前を知らないのだろう。毎日、同じ教室で過ごしながら、僕の存在など気にも留めていないのだ。
「君で最後だけど、他の参加者からヒントとか訊き出してないでしょうね」
「そんなズルはしてないです」
僕の返答に興味などないのか、女王様はもう腕時計を見ている。
「制限時間は3分。よ~い、始めっ」
ルールは事前に知らされている。
6枚の紙切れを組み合わせて意味のある言葉を3つ作りなさい――簡単なようで面倒臭い勝手な指令だった。
見事にクリア出来た者には賞金1万円。が、失格者にはビンタがお見舞いされると、これまた勝手に決められた。
参加者は、僕を含めた男子生徒7人。勿論、何奴も此奴も賞金に目が眩んだからだ。
「1つ出来たっ」
僕の前に並んだのは『き』『れ』『い』『な』『か』『み』――綺麗な髪。
でも、女王様は無表情だった。想定内なのだ。きっと他の連中もこう並べた筈だ。
「1分経過~、残り2つ」
指で紙切れを入れ替えながら、口でも呪文のように言葉を発してみる。
「れ、な、み……い、き、か……」
「もう直ぐ2分になりま~す」
彼女は何から何まで飛び抜けた存在だ。裕福な家の一人娘で、塾通いなど必要のない秀才振りに加え、端麗な容姿の持ち主と来ている。
でも、不思議と彼女の周りに人が集まらない。転入から3ケ月が経とうとしているのに、女子ですら距離を置いているようだ。そんな孤高の存在だからこそ、陰では女王様と渾名されている。
「やったっ」
出来上がったのは『か』『れ』『い』『な』『き』『み』――華麗な君。
「成程ね……はい、2分半経過~」
女王様が突然こんなゲームを開催したのは、どういう風の吹き回しなのだろう。
「ビンタは左頬かな~、右頬かな~」
女王様は濡れタオルで掌を拭いながらその時を待ち望んでいる。唇の上を行ったり来たりする舌先から今にも涎が垂れそうで、僕の焦燥は身震いに変わった。同じように追い詰められただろう皆の顔がパラパラ漫画のように捲れて行く。
「あっ」
更に傾いた陽光が、新たな文字の組み合わせを浮かび上がらせている。
「合ってるよねっ?」
詰め寄る僕に女王様が何かを言い掛けた瞬間、一陣の風が吹き込んだ。6つの平仮名は花弁を思わぜながら教室に散った。
女王様は乱れた黒髪をそそくさと直しながら言った。
「……よく分かったわね」
「一応、クラスメートだから」
「でも失格、3分過ぎてた」
「はぁ、ビンタか……」
「冗談よ」
「……え?」
「そんな事して学校にバレたら面倒でしょ」
「じゃあ、失格した皆は?」
「叩いてないよ。こうしただけ」
女王様は自分の両手でパチンッと音を立てた。廊下で待つ他の参加者には伝えないよう、一人一人に口止めをしたらしい。
「別にビンタくらい良かったけど……」
「はい?」
「何でもない」
「これ、参加賞」
女王様がポケットから出したのは、個包装の小さなチョコだった。
「まさか、バレンタイン……の余り物?」
「深い意味はないから、勘違いしないでよね」
帰り道を先に行く女王様が橙色の逆光に縁取られている。
参加者は皆、彼女の事を渾名でしか捉えていなかったのだろう。でも、僕は違う。転入して来た彼女が自己紹介で口にしたフルネームをずっと胸に仕舞っていた。賞金なんてどうでも良かった。
紙切れがばらばらになっても、僕の脳裏にははっきりと6つの並びが焼き付いている。
――『な』『み』『き』『れ』『い』『か』――
「ちょっと待ってよっ」
思い切って呼び掛けた僕に、橙色のシルエットが髪を靡かせながら振り返る。
僕は、すっかり肌寒くなった風に負けじと叫んだ。
「漢字でどう書くのーっ?」
なみき・れいかが微笑んだように見えた。
放課後アナグラム そうざ @so-za
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