鋏を拝借
風邪
第1丁
僕の名前は
根っからの陰の者で、もう高校二年生だというのに、クラスの三分の一の人間は僕の事を知らない。特に仲の良い友達がいるわけでもなく、ましてや彼女なんて夢のまた夢だ。でも、正直彼女は別にいらないし、友達がいないからといって独り身で自由じゃないか。
しかし一つだけ、そんな陰キャの僕の日常には、少し困ったこともある。
それは誰の記憶にも残らないような陰キャの僕が朝、登校してきて一番最初にいわれる言葉だ。隣の席のその女は
いつも僕より速く着いていていつも本を読んでいる。今日読んでいるのは『初心者に優しい相対性理論』といういかにも近寄りがたい内容の本だった。
――しかも彼女はその本を上下逆さに読んでいる。
しかし、僕にとってはそんな事どうでも良かった。女を横目に僕は鞄から筆箱を出す。どこにでも売っていそうな、最近の百均にでも似たものがありそうな、とてつもなくよく言えばシンプル悪くいえば地味な黒色の筆箱だ。コンパクトに見えながらもかなりの大容量で長年愛用している。
そして、その筆箱を置いた瞬間。横にいる金霧に目を向けると、金霧は本を逆さに読んだまま右手を出す。そしてゆっくりと此方をみるように顔を上げると、唇が動く。
「小沢、鋏貸して」
これが――――誰の記憶にも残らないような陰キャの僕が朝、登校してきて一番最初にいわれる言葉だ。
「おはよう」などという挨拶でもなく、変に僕をからかうわけでもなく。
僕もはじめは驚いた。でも今では日常だ。だから僕はシンプルな黒の筆箱からこれまた真っ黒な鋏を取り出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
………これだ。これだけなのだ。可笑しくはないか?そこまで仲良くもない男女が、鋏を貸し借りしている。しかも故意で。やばい奴じゃないか?僕って?
こんなことを考え始めたのは最近になってからだ。お風呂に入っているときにいきなり思い始めた。特に何かやましい事を思っていたわけじゃない。ただただ可笑しいんじゃないかと思っただけである。
そんな事はおいといて、だ。本当はここからが重要なんだ。
「金霧さん、今日はその鋏どうするの?」
毎回使用の理由が違うのだ。ある時はふつうに紙を切るためだった。しかし、ここの所変なことしかし出さない。
「髪を切ろうと思う」
……あ、良かった。珍しく紙を切ろうとしていたんだ。
「そ、そうなんだ。じゃ、放課後までに返して。」
「………ああ、分かった。」
―――――なんだ。良かった、紙を切るだけか。
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