ハナマリア
坂入
1.ハナコとマリアが出会った話
お隣に住んでいたお姉さんが好きだったこと、そのお姉さんにもらったお下がりの人形が好きだったこと、人形の名前がマリアだったこと。
ハナコ様に出会う前の私にとって、その三つだけが世界の全てでした。
昔の私は特別不幸でもないけれど幸福でもない、人に語るような何かもなく、振り返るような思い出もない、そういうなんとなく楽しくない日々を過ごしていました。
そんなくすんだ日々の中で唯一、光輝いていたのがお隣に住んでいたお姉さんです。
お隣に住んでいたお姉さんは気立てが良くて誰からも好かれていて、木陰で休んでいると肩に小鳥がとまるような優しい人でした。
あと、顔が
どれくらい好かったかというと、お姉さんからお下がりの人形をもらったとき「この子はマリアって言うの。私のお友達だから大事にしてくれると嬉しいな」と優しく微笑むのを見て、こんなにも顔が好い人がいるのかと感動して涙を流したほどでした。
そんなお姉さんが貴族に見初められ妾になることが決まったとき、もう会えなくなることが悲しくて夜中に一人で泣きました。その貴族が王族への反乱を企てたのでお姉さんも連座で処刑されてしまい、あの好い顔が永遠に失われてしまったと知ったときも同じくらい悲しくて夜中に一人で泣きました。
私はお姉さんのような素敵な人になりたいとずっと思っていたけれど、処刑はされたくなかったのでお姉さんではなくお姉さんにもらった人形のマリアのようになりたいと思うようになりました。
人形の髪は私のくすんだ金色とは違う鮮やかな金髪で、顔にそばかすもなく、性格もきっとお姉さんのように優しいに違いありません。
この人形は私のなりたい私なのです。私は今の私のようなつまらない人間のままでいたくない、私は人形のマリアのようになりたい、マリアのように生きたいと思うようになったのです。
けれどそのマリアも家が火事になったとき両親と一緒に焼けてしまいました。
家に火を着けたのは麻薬常習者の男で、私の家の裏で麻薬を吸おうと火を着けたら誤って家に火が燃え移ってしまったとのことです。その男は麻薬で脳がやられていたためか牢の中で衰弱死したと聞きました。
関係ない話ですが、家が燃えた日は私の十三歳の誕生日でした。
家と両親とマリアが燃えた後、私は教会に引き取られました。神父さんは優しい方で私の他にもたくさんの孤児を引き取り面倒を見ていたのですが、実は邪神を崇拝していて教会も邪教徒の拠点だったのです。
私が教会に引き取られた晩、神父さんは私達孤児を集めると一人ずつ逆さ吊りにしてから皮を剥ぎ、邪神の生け贄に捧げていきました。孤児は私を含めて十七人いましたが、この十七という数が聖なる数字なのだと神父さんは教えてくれました。つまり私を引き取ったことで十七人そろったから皆殺しを始めたということです。
どうでもいいですけど、最初に引き取られた孤児のように何年も神父さんのお世話になり心を許してから裏切られて生け贄にされるのは悲しい話ですが、私のように引き取られて即生け贄にされるのも情緒がなくて酷いと思います。
神父さんは引き取った順に生け贄に捧げていったので私は一番最後でした。出会って間もない十六人の孤児達が皮を剥がされ苦痛の中で泣き叫びながらゆっくりと死んでいくのを見届け、ついに私の順番が回ってきて、これで人生さよならグッドバイと心の中で唱えていたまさにそのとき、ハナコ様が教会に来て下さったのです。
ハナコ様を初めて見たとき、私よりちょっと年上の子だなと思いました。長い黒髪に黒檀のような黒い瞳はここらへんでは見ない色なのでエキゾチックな印象があり、胸がときめいたのを覚えています。
あと、顔が好かった。本当に好かった。
お隣のお姉さんのように顔の好い人はこの世に二人といないのだろうと思っていたのですが、いました。こんなに顔の好い方が世界に二人も存在したことにとても驚きました。
しかし、確かに顔は好く、皮鎧を着ていて手には剣を持っていましたが、華奢な体つきだったので残念ながら強そうには見えませんでした。
なので私は、ああこの人も神父さんに殺されてしまうんだな、顔が好いのにもったいないな、でもそうなると生け贄の数が十八人になって聖なる数字じゃなくなっちゃうけどそれは大丈夫なのかな、そもそも邪教なのに聖なるとか言っちゃうのおかしくない? といらぬ心配をしました。
実際のところ、それは本当に全然必要のない心配だったのです。
ハナコ様は教会にいた十七人の邪教徒の首を刎ね、孤児を生け贄にして召喚された悪魔八体と下級魔神一体を斬り殺した後、神父さんの両足を斬り飛ばし、出血死しないよう魔法で傷口をふさいでから尋問を始めました。
神父さんの右手の指が全部なくなり、じゃあ次は左手かなというあたりで聞きたいことを全部聞き出せたようでした。その後、ハナコ様は用済みになった神父さんの首を切り落とそうとしましたが、少し考えてから私に向かってこう言いました。
「殺っておく?」
それは仲間の孤児達を殺され自身も生け贄に捧げられそうになった私へ、復讐として神父さんを自分の手でとりま殺しておく? という優しい心遣いでした。
私はこの教会には今日来たばかりで、神父さんとも他の孤児ともそんなに親しくなかったことを伝えると、
「じゃあ別にいいか」
「そうですね、別にいいです」
そう言ってハナコ様は神父さんの首を刎ねました。
ハナコ様は私に邪教徒のいないちゃんとした教会に案内すると言いましたが、私はハナコ様のお供がしたいです、下働きでも丁稚奉公でもなんでもするので連れて行って下さいと懇願しました。
私はハナコ様を一目見たとき、この方のお傍にいたいと思いました。ハナコ様が神父さん他一同を皆殺しにしたとき、胸が高鳴り、自分が生きている実感が得られました。生きるって、こういうことなんだなって。
だからハナコ様のお傍にいれば私は私のなりたい私になれると、あの人形のマリアみたいな自分になれると思ったのです。あとハナコ様の顔が好かったというのもありました。
「それは無理」
私の申し出を一蹴するとハナコ様は邪教徒のいないちゃんとした教会に私を連れて行き、顔なじみらしい神父さんを呼び出すと、
「これ、いつもの」
「わかりました」
というやりとりだけで私が教会に引き取られることが決まったらしく、すぐにハナコ様は旅立ってしまいました。
今度の神父さんは裏表のない優しい人で、教会に引き取られた他の孤児達もみんな善い人でした。いきなり生け贄にされるということもなければ孤児の生剥ぎショーを見せられることもなく、まるで本当の家族のように私を受け入れてくれたのです。
それはそれとして、私は引き取られたその日のうちに脱走してハナコ様を追いかけました。
ハナコ様は邪教徒の方の神父さんを尋問して別の拠点の情報を聞き出していたので、次に向かう場所の目星はついていました。
土地勘をフル活用したショートカットと多少の危険は厭わないルート取りによる考え得る最高の最短ルートを不眠不休で進んだ結果、山腹にある邪教の拠点の手前で無事ハナコ様に追いつくことができました。
無茶な移動でぼろぼろになった私を見てハナコ様は呆れていましたが、私の執念を見てこれは何言っても無駄だなと諦めて下さったようで「まあ、いいか」と言ってお供をすることを許して頂けました。
そうしてハナコ様は私を連れて神父さんから聞きだした邪教の拠点を巡り、そこにいた邪教徒や盗賊や傭兵や貴族や魔物や悪魔や魔神や邪神の降臨体を皆殺しにしました。
ハナコ様は基本的に相手の首を刎ねて殺すのですが、数が多いときはもっと雑になり手や足や臓物が飛び交うことになります。そういうときの血まみれで戦うハナコ様の姿はとても美しく、この方とずっと一緒にいたいという想いを益々のものにしました。
邪教徒とその関係者を殺し尽くし、拠点を全て燃やし終わった後、ハナコ様は言いました。
「途中で怖くなって逃げると思ってたよ」
聞くと今までもハナコ様と行動を共にしたいと願い出る人達がいたそうですが、そうした人達はハナコ様が息を吸うように悪い人を殺して殺して殺し尽くす様を見るとすぐにいなくなってしまったそうです。
私はそれを聞いて驚きました。ハナコ様が悪い人を皆殺しにするところを観覧するのはとても楽しいことなのに、逃げ出すなんてもったいない。そんなモノの価値がわからない人がいることが信じられませんでした。
「あなた、変な人だね」
そう言ってハナコ様は笑いました。ハナコ様のお供をして三ヶ月ほど経っていましたが、笑った顔を見たのはそれが初めてでした。
「今更だけど、名前はなんて言うの?」
そう問われたので名乗ろうとしましたが、私は言い淀んでしまいました。
もちろん私には名前があって、それを忘れてはいなかったのですが、今の私の名前はそれではないな、と思ったのです。
何故なら今の私は昔と違ってすごく楽しく生きているからです。
ハナコ様といろんな場所に行って、ハナコ様が悪い人達を殺していくのを見るのはすごく楽しいのです。数日宿に泊まってハナコ様が誰も殺さないときもありましたけど、顔が好いハナコ様のお世話ができるだけで充分楽しいのです。
毎日を楽しく生きている私は、かつて私がなりたかった私になれているのではないか、と思いました。
私はずっと人形のマリアのようになりたいと思っていました。
今の私はマリアのような鮮やかな金髪ではなく、そばかすもあって、性格も優しいとは言えないかもしれないけれど、すごく楽しく毎日を生きているのでこれはもう九割方マリアになっていると判断して良いでしょう。
なので私は、満を持してこう答えました。
「私の名前はマリアと言います。どうぞよろしくお願いします、ハナコ様」
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