魔法使いの猫

道華

魔法使いの猫

霧の家の猫


「また君か。こんなところに来ても何もないだろうに……まあ、私は嬉しいけれど」

インクの匂いがする友の手がワタシの頭を撫でる。ワタシの気まぐれに一喜一憂する友が、ワタシは存外嫌いではない。

「にゃ〜ん」

ワタシのやることはただ一つ。今日、友の前では馬鹿な猫でいることだ。

だが、ワタシは常々考えていた。友が本当に求めているものは他にあるのだと。


一人の部屋に、私が魔導書を綴る音だけが響く。新しい魔法を生み出すこの仕事は、他者との関わりをあまり好まない私にとっては天職だった。

だが、そんな静かな時間は唐突に終わりを告げる。

「きゃあああ!」

思わず少女のような悲鳴を上げる私の前で、蔦が巻き付いている窓が破られて一人の人影が侵入してきた。

「ん? ごめん、入るところを間違えたみたい」

聞こえた声は、意外にも澄んだ少女の声だった。驚きのあまり何も言えず固まっている私の肩に、見慣れた黒猫がひらりと飛び乗る。

「にゃにゃ」

「今までは普通の街にいたのにそこの猫に付いてきたらここに来たんだ。君は誰? 少なくとも普通の人じゃないよね」

普通の人じゃない、か……察しが大変よろしいことで……。

「私はただのしがない魔法使いだ。分かったら帰りたまえ。ここは人間の君が居るべき場所ではない」

少女は私の話など聞きもせずに机の上に散らばっている原稿を手に取る。

「これ……」

彼女が読んでいたのは、いつか私が書いた小説だった。かつて散々馬鹿にされ、私が人間を諦めるきっかけになった作品。それでも捨てられずにいた私の夢。

「すっごく面白いね」


そんな訳で、私は今日も小説を書く。こんなに生きている実感があるのは五百年生きてきて初めてだ。

『友のためにあくまで善意でしたことだが、褒美にちゅ◯るをくれても良いのだぞ』

「君は……案外現金な奴だったんだな。というか喋れたのか」

『そりゃあ、魔法使いの猫だから』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法使いの猫 道華 @shigure219

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ