第49話:非情と友情

天文19年10月1日:美濃稲葉山城下:織田三郎信長17歳視点


 黒鬼が野戦で今川義元を生け捕りにした。

 生け捕りにした今川義元を連れて、最後まで抵抗ずる国人地侍の城を巡った。

 これにより今川義元は完全に求心力を失い、黒鬼は駿河を手に入れた。


 これだけでも感嘆する武功だが、黒鬼の武功はそれだけではなかった!

 富士川を越えて攻め込んで来た北条氏康を破ったのだ!

 鉄砲を放って北条氏康を落馬させた!


 総大将の北条氏康が深手を負ったので、北条勢は総崩れとなった。

 北条氏康の首は取れなかったが、名だたる武将を数多く生け捕りにした。

 黒鬼は好機を見逃さず、そのまま伊豆に討ち入った。


 黒鬼は陸を破竹の勢いで進み、次々と城を落とし国人地侍を寄り子にしている。

 水軍と息を合わせて、夜討ち朝駆けを繰り返している。

 毎日のように、余の元に降伏臣従した伊豆衆がやってくる。


 余も負けてはいられない!

 家臣に劣るような武功では、天下の笑い者になってしまう。


 青鬼に稲葉山城を抑えさせ、海西郡、中島郡、安八郡、石津郡、多芸郡の国人地侍を調略し、応じない者は根切りにして余の恐ろしさを思い知らせた。


 そのまま不破郡の国人地侍を切り崩そうとしたのだが、頑強な抵抗を受けて調略も力攻めも効果がなかった。

 そこで銭で雇った足軽に切り崩した郡を守らせて、他の郡を狙った。


 羽栗郡、各務郡、厚見郡、方県郡、席田郡は青鬼が武力で切り取っていたので、可児郡と土岐郡の国人地侍を調略して家臣に加えた。


 黒鬼にように、2カ国も3カ国も切り取るような派手な武功ではない。

 だが、美濃は大国で、遠江、駿河、伊豆の3カ国を合わせたよりも大きい。


 余も駿河1国を切り取ったに等しい武功を挙げている!

 断じて黒鬼に劣る事はない!


 余が土岐郡の明智一族を調略している間に、とんでもない事が起きた。

 青鬼と斉藤新九郎の一騎打ちをマムシが穢したのだ!

 最初に穢したのは余だが、あれは事故だ、故意にやった訳ではない!


「今日こそ俺の方が強いと思いしらせてくれる!」


 毎日の一騎討ち、最初の言葉は常に青鬼からだそうだ。


「お前も良くやるが、余には敵わぬよ」


 最初は罵倒し合っていた青鬼と斉藤新九郎だが、最近では楽しそうに言葉を交わしていたという。


「これほど強いとは思ってもいなかった。

 だが、俺と互角程度では、我が主君には勝てぬぞ」


「大浜の黒鬼か、噂は聞いている。

 だが、噂だけだ、余や貴様より強い者が本当にいるのか?」


「日乃本は広いのだ、殿ほど強い方はおられぬ」


「ふむ、1度戦ってみたいな」


「どうだ、殿と一騎討ちして負けたら、家臣にならぬか?

 俺と肩を並べて殿の為に戦わぬか?」


「馬鹿な事を言うな、余は斉藤新九郎、マムシの跡を継ぐ男だぞ!

 三河と遠江を切り従えた剛勇の士であろうと、臣下の礼を取る事はない!

 余が臣下の礼を取るのは、京の公方様だけだ!」


「「「「「ダーン」」」」」


 美濃のマムシは極悪非情だった!

 大手門を力で破壊できる青鬼を殺す為なら、長男を生贄にしても平気だった。

 余の誤射を見て、多数の鉄砲を揃えれば青鬼を討ち取れると考えたのだ。


 確かに、剛勇無双の黒鬼と青鬼でも、鉄砲の玉にはかなわない。

 小さな玉ならば、武将の具足で防げるが、大きな玉は防げない。

 普通なら青鬼は殺されていただろう。


 だが、黒鬼は家臣をとても大切にしている。

 余も見習わなければいけないくらい、とても大切にしている。

 余の誤射を聞いて直ぐに、堺商人から特別な鎧を買って青鬼に下賜していた。


 南蛮人が種子島に漂着した時に、領主は鉄砲を買ったが、その時に日乃本とは違う鎧も見て知っていたのだ。


 その事は京の将軍家にも伝えられたが、南蛮の鎧を知った者は他にもいたのだ。

 鉄砲を買いに種子島に訪れる全ての人間に伝えられ、中には南蛮人から買って同じ物を造ろうとする者もいたのだ。


 自らの船を使って種子島に鉄砲を買いに来た、根来衆の津田算長が最初だった。

 それに続いて、海の雑賀衆も南蛮製の鎧に興味を持ち、試しに造っていた。

 博多の商人や堺の商人も、商品にならないか試作させていた。


 元の南蛮鎧は、個人に合わせて造る高級品で、前もって造る事などできない。

 試してみれば、山城を攻める時などは歩き難く、とても使い物にならない。

 だが、具足では防げなかった大きな玉を防げる点が優れていた。


 自ら山城に攻め込むような事をしない、総大将には利点の方が多かった。

 総大将ほどのものなら、当世具足でも自らに合わせて造らせる。

 だから完全に個人に合わせて造る事は、何の問題にもならない。


 何より大きかったのは、命に係わる胸や腹を守れる事だった。

 手足部分だけ当世具足にした南蛮胴なら、前もって造れることが分かった。

 南蛮と全く同じ鎧が欲しければ、後で手足の部分だけ造れば良い。


 黒鬼はそんな南蛮胴を、誤射事件を知ったその日の内に買う手配をした。

 堺、根来、雑賀に及ばず、遠く博多や坊津にまで人をやって買う手配をした。

 黒鬼自身の分だけでなく、青鬼や一族重臣の分まで手配した。


 その御陰で、青鬼は腕に傷を負うだけですんだ。

 黒鬼に下賜された南部駒は死んでしまったが、青鬼は胴と腹に玉を受けたにもかかわらず、全て弾き飛ばして死なずにすんだ。


 可哀想なのは、実の父親に裏切られた斉藤新九郎だ。

 青鬼の陰にいたので、胴や腹には玉を受けなかったが、左右の太ももに1つずつ玉を受け、多くの血を失い死にかけている。

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