第47話:一騎討ち
天文19年8月17日:美濃稲葉山城:織田三郎信長17歳視点
黒鬼が止まらない、大人しくしていろと命じたのに、止まらない。
駿河侵攻を禁止したら、以前のように斬り込み拿捕を繰り返しやがった。
こうなる事は分かっていたが、ほんの少しだけ休む事を期待していた。
黒鬼は最初に、城主である関口親永を捕虜にしたままの持船城を襲った。
今川水軍の重要拠点だけに、多くの戦船を拿捕したらしい。
次に船越氏の守る船越城と向山砦を襲い、ここでも少なくない戦船を拿捕して、交易に使う事で減った、戦に使える船を補った。
父親の岡部久綱を亡くして、まだ8歳の岡部正綱を主君に仰ぐ家臣達が守る北矢部砦を襲い、数は多くないが軍船と漁船を拿捕した。
北矢部砦の周囲にある国人地侍の館や砦を襲い、主に馬と兵糧を奪った。
馬はそのまま手綱を取って持ち帰り、兵糧は拿捕した船に乗せて持ち帰った。
襲ったのは矢部氏の矢部館、入江氏の北入江館、南入江館、東入江館、渋川館、吉川氏の吉川館などだ。
今川義元は駿府館に籠って援軍を出さなかった。
直ぐ近くにある家臣の館や城が襲われているというのに、援軍を出さなかった。
黒鬼と野戦しても負けるだけだからしかたがないのだが、憶病とは誹られる。
それでなくても落ちていた今川義元の武名が地の底まで落ちた。
馬鹿と言っていいほどの、愚かな忠誠心を持つ者以外は、もう誰も今川義元に味方しないだろう。
更に黒鬼は、今川水軍最強の興津水軍が拠点とする興津城を襲った。
興津氏の当主、興津清房が捕らえられたままの興津水軍は、一族の興津修理進と興津大学助がこれを好機と謀叛したので、ろくな抵抗ができなかった。
黒鬼はここでも難なく有力な水軍の戦船と漁船を全て手に入れた。
銭を全く使わずに楽々と戦船を手に入れやがって、余にも分け前を渡せ!
だが、余も黒鬼には負けていられない!
尾張統一程度で満足する余ではない!
父上が成し遂げられなかった美濃征服をこの手で成し遂げる!
その為の手段を、選り好みなどしていられない。
立っている者は仏だって使って美濃を征服する。
当然だが、黒鬼の家臣も兵も使い潰す覚悟がある!
父上は井ノ口の戦いでマムシに大敗された。
黒鬼がいなければ、父上は首を取られていたかもしれない。
余は父上と同じ失敗はしない、絶対に!
謀略の限りを尽くして美濃を奪ったマムシには信望がない。
利が得られる、他領に攻め込む時には国人地侍も味方するが、攻め込まれて不利になると国人地侍がほとんど集まらない。
特に川筋ごとに分かれた山間部は、独立心旺盛な国人地侍が多くて集まらない。
これは土岐氏が守護だった頃から同じで、隙あらば独り立ちしようとする。
だからこそ、大軍を率いて美濃に入れば、一気呵成に稲葉山城まで攻め込める。
だが、ここで油断してはならない!
油断したら父上と同じ失敗を繰り返す事になる!
マムシの智謀は謀略だけではない、奇襲にも生かされるのだ!
父上は、家臣に好き放題に略奪させ、夜営をしようとするところを奇襲された。
稲葉山の城下まで楽々と攻め込めたのは、マムシが同じ策を考えているからだ。
だから、陣を引く時に奇襲されないようにする。
万全の警備をして、眠っている時に夜襲されないようにする。
敵に隙を突かれないように、こちらが用意している時に襲わせる!
心から信頼している牛介にマムシを誘わせる。
この時の為に調練に調練を重ねた、長柄足軽組と弓足軽組を投入する。
それでもマムシが牛介を上回っていた時に備えて、切り札を忍ばせておく。
「我こそは、美濃の盟主、斉藤道三が長男、斉藤新九郎利尚なり!
美濃を乱す盗人に天罰を下さん!」
噂では聞いていたが、斉藤新九郎も黒鬼や青鬼に匹敵する大男だった!
6尺5寸の大男だという噂は、国人地侍に対する示威だと思っていた!
だが、本当に大男で、武勇も黒鬼や青鬼に匹敵した!
余が命じて牛介に鍛えさせた弓足軽組が放つ矢の雨を、三間半槍に匹敵する長槍を軽々と振り回して、全て叩き落してしまう!
鉄壁だと思っていた、三間半の長槍を並べた槍衾を、軽々と打ち破り配下の兵と共に突っ込んで来る!
牛介が鍛えた弓足軽が次々と殺されていく。
鉄砲足軽組を使わなくてよかった、高価な鉄砲を全て失う所だった。
「我こそは大浜の黒鬼、前田上野介利益が家臣、青鬼三輪青馬益興なり!
尋常に勝負せよ!」
「陪臣端武者の分際で、余の前を阻もうとは身の程知らずだぞ!
下がりおろう、下がらねば打ち殺す!」
「殺せるものなら殺してみろ、見掛け倒しの独活の大木が!」
罵り合った後で、斉藤新九郎と青鬼がぶつかった!
青鬼の持つ金砕棒が斉藤新九郎の槍を叩き折ると思ったのだが、曲がっただけだ。
斉藤新九郎の槍には軟鉄の芯が入っていた!
「ほう、端武者の分際でやるな!」
「ふん、お前こそ若様育ちの割にはやる」
「誰が若様育ちだ、マムシの子供に生まれた苦しみも知らないくせに!」
「お前こそ、何時飯を喰えるか分からない孤児の気持ちなど分かるまい!
行き倒れた孤児を我が子のように慈しみ育ててくださった大殿ため、お前の首をもらい受ける!」
「余は美濃の主となる、マムシが謀略の限りを尽くして手に入れた美濃を楽土とするためにも、ここで負けるわけにはいかん!」
斉藤新九郎と青鬼は武芸の限りを尽くして打ち合った!
その勇ましい姿は、多くの武者が戦いを止めて見とれるほど美しかった。
余も思わず見とれてしまいそうになった。
「誰かある、鉄砲足軽組を急いで集めよ!
青鬼が負けるような事があれば、即座に鉛玉を放て!」
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