第40話:正月
天文19年1月15日:尾張清州城大浜前田家屋敷:前田慶次利益18歳視点
俺は戦国武将に転生したが、逆行転生した時点で、この世界が前世と違う事くらいは分かっている。
そうでなければ、俺が誰か1人殺しただけで歴史が変わってしまう。
これだけ好き勝手やっているのだ、前世の俺が生まれない世界になっていて何もおかしくない。
過去に転生した時点で、必ず何か前世の歴史とは違う事をやっている。
生れてから死ぬまでの、指の上げ下げまで記録されている者など1人もいない。
前田慶次なら少しは歴史に名を残しているが、全く何の痕跡も残していない百姓に転生している者がいるかもしれない。
そんな百姓が何時誰を殺したのかなんて、後世の人間には全く分からない。
何時死んだのかすら記録に残されていない。
後の世に影響を与えないようにと思っても、好きな物を食べただけで歴史が変わるかもしれないし、自殺したとしても歴史とは違う日時に死んでいるかもしれない。
だから悩まず好き勝手に生きる、そう決めている。
何か不都合があれば、この世界の時が止まるかもしれない、それだけの事だ。
普通に考えれば、俺が逆行転生した時点で世界が枝分かれしたのだろう。
この世界で生まれて初めて妻を持つ事ができた。
自分の子供を抱くという幸せを手に入れる事ができた。
この幸せを守るためなら、どのような事でもする!
戦国乱世でも、正月は戦はせずに祝うのが普通だ。
主君の城に家臣が集まり、主従の絆を深める家もある。
織田弾正忠家でも、信長の下に集まって正月を楽しんだ。
正月を楽しむとは言っても、娯楽の限られた戦国乱世だ。
俺が子供の頃に遊んだような物しかない。
いや、俺が子供の頃は、テレビはなかったがラジオやゴム毬はあった。
コム毬ほどは跳ねないが、この時代にも毬はある。
ただ毬はとても高価なので、子供が好き勝手には使えない。
何かの皮で作られた、公家が蹴鞠で使う毬はとても高価だ。
父親、信秀の代で公家との関係を強めていたので、公家を招く事ができる。
正月の宴に集まった家臣達に蹴鞠を見せるのは、ある意味で当主の示威行為だ。
当主主催の正月の宴で集まるのは、普通はむさくるしい武家の当主が多かった。
信長は俺達のような武骨者でも楽しめるように、相撲大会をやった。
贅をこらした膳しつらえ、大和の僧坊酒を取り寄せて家臣に振舞った。
それだけなら並の領主もやっている事だが、信長は父の信秀の伝手を使って、京から山科言継と飛鳥井雅綱らを招待したのだ。
雅な公家の文化に憧れる国人地侍が多いという。
並の国人領主ではとても縁をつなげられない、蹴鞠の宗家である飛鳥井家の当主を正月に招いて興じられるのだ、家臣達は信長の力を見直しただろう。
しかも、普通なら武家の当主しか招かない正月の宴に、妻女を招待した。
普段は屋敷の中に閉じ込められている事の多い妻女が、晴の宴にでられた。
信長の名声は一気に高まった!
俺の資金源を真似た信長には、言いたい事が山のようにあった!
謀叛まで起こす気はなかったが、思いっきり怒鳴りつける気でいた。
だが……百合に送る唐物を手配してくれた。
百合を正月の宴に招いてくれただけではない。
俺が贈った事になっている、唐物の絹織物を満座の席で褒めてくれた!
腹立たしい事だが、女にプレゼントを贈るのが苦手だ。
女が喜ぶような品を選ぶセンスが根本的にない。
信長が選んで取り寄せてくれた唐物を、百合がもの凄く喜んでくれた……
満座の席で、俺と百合が称えられるようにしてくれた。
俺から盗んだ鰯漁と鯨狩りの手法、その利の1割は義祖父と百合にくれた。
鯨狩りの利の1割を三輪青馬に与えたのには腹が立ったが……
「弾正忠家は銭に困っていたのだ。
佞臣が先代の目を盗んで銭を奪っていて、軍資金が乏しいのだ。
この度の合戦で、殿の銭も尽きた、どうしても銭を稼ぐ必要があったのだ」
義祖父にそう言われると、言いたい文句も飲み込むしかなかった。
腹にたまった苛立ちも、俺が選んで取り寄せた事になっている、唐物を身にまとって満面の笑みを浮かべる百合を見たら、いつの間にかなくなっていた。
信長は狡い、女子供を喜ばせるツボを心得ている。
事あるごとに龍千代にも珍しい品々を送って来る。
今も信長が送ってきた毬を手にして遊んでいる。
信長は本当に狡い、家臣に活躍の機会を与えるのが上手だ。
俺には相撲だけでなく打毬、犬追物、笠懸、流鏑馬の機会を与えてくれた。
いや、俺と黒雲雀が同時に活躍する機会を与えてくれた。
華やかな正月の宴で、人馬一体となって活躍できた!
黒雲雀に比肩するような、美しさと猛々しさを兼ね備えた名馬は、信長以外誰も持っていない。
主君である信長は、家臣に花を持たせるために参加していない。
俺が黒雲雀に跨って打毬、犬追物、笠懸、流鏑馬にでれば、常に1番の成績で信長から褒美の盃を下賜される事になる。
そのよう晴れやかな席で、もうほとんど苛立ちも無くなっているのに、演じて文句が言えるほど図太い神経はしていない。
前世からの喧嘩っ早さは無くならないが、その分本当に腹が立っていないのに、演技で喧嘩できるような器用さはない。
正月の晴れの宴で、1番の成績を残して褒美をもらう者が、主君に叛意を持っているとは誰も思わないし、そもそもほんとに叛意はない、文句があっただけだ。
本気で腹を立てる事はあるが、殴り合えば水に流せる。
仮にも主君だから殴り合えないが、できれば拳で友情を語り合いたい。
「慶次様、正月の宴に御招くくださり、感謝の言葉もありません」
井伊直盛が挨拶をする。
「三郎様の宴に比べればささやかな縁だが、楽しんでくれればうれしい」
「とんでもございません、織田の殿様にも負けない見事な膳でございます。
酒も織田の殿様同様、大和から取り寄せた澄んだ酒ではありませんか。
私だけでなく、ここに集まった者全員が感嘆しております」
俺の寄り子や同心となった三河と遠江の国人地侍は、まず信長の開いた宴に招かれ歓待された。
主従の絆を厚くして、互いに裏切らないようにする。
主君は家臣に何かあれば援軍を送り、家臣は主君の命に従う。
その主従関係を確かめるのが正月の宴だ。
そこに家臣の当主が来ないという事は、他の主の元に行っている事になる。
寝返りを疑われるので、少々の病気や怪我では招待を辞退できない。
嫡男や隠居に代理させる事もできない、無理をしてでも参加するしかない。
譜代や直臣でない者は、こいつらのように寄り親がいる者は、寄り親にも同じ様に挨拶しなければいけないから、面倒で大変だ。
「細かい事は嫌いだから無礼講にする、好きにやってくれ」
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