第10話:返り討ち

天文16年1月17日:三河吉良大浜城:前田慶次15歳視点


「行くぞ!」


「はっ!」


 敵襲の声を受けて、奥村次右衛門と共に油ケ淵側に向かった。

 俺は黒雲雀を駆り、奥村次右衛門は小柄な木曽馬を駆る。

 義祖父が送ってくれた譜代達には馬を貸し与えている。


 黒雲雀の子供が欲しくて買い集めた牝馬がたくさんいる。

 大浜城を奪った時に手に入れた馬も全部俺の戦利品になっている。

 譜代達に多くの扶持は与えられないが、騎馬武者にはしてやれた。


 急いで油ケ淵側の浜に行くと、壕と土塁を築いていた領民がいた。

 指揮を執っていた村井又兵衛が領民に石を持たせている。

 海の上にいるうちに投石で吉良勢を倒そうというのだろう。


 倒せないまでも、時間を稼げれば大浜城から援軍がやってくる。

 援軍が来て更に時間が稼げれば、高浜で壕と土塁を築いている足軽達が戻る。


「敵の旗指物が見えます!」


 馬上の奥村次右衛門が、村井又兵衛よりも先に敵が誰なのか確認した。

 本当は馬が大きく身体も大きい俺が先に確認しなければいけないのだが、甲賀生まれで婿に来たばかりなので、全ての敵の旗指物を覚えていない。


「中央の船に寺津城の大河内飛騨守の旗指物が掲げられています。

 左に巨海城の巨海出羽介の旗指物が見えます

 その左に高橋下野介の旗指物が続きます。

 大河内の右側に徳永陸奥介の旗指物があります」


 小舟に乗って油ケ淵を渡るのは武者姿の者達だ。

 それ以外の者達、足軽姿の者達は徒歩で油ケ淵が渡って来る。


 俺達自身が油ケ淵を渡る奇襲で大浜城を落としているから、敵が渡れる浅瀬は事前に調べている。


「前田殿、遅くなって申し訳ない」


 こんな危険な状態になる事は前もって考えていた。

 いざとなったら夜ケ浦と油ケ淵の両方に駆け付けられる大浜城に、甲賀出身の徒士侍を常駐させていたが、やってきて直ぐに謝ってきた。


 彼らは家臣ではなく、同輩になる。

 だから若殿とは呼ばずに前田殿と言う。

 同輩であるだけに、与力に付けられているのに合戦に遅れるのは許されない。


「知らせを受けて直ぐに駆けつけてくれたのだろう?

 だったら何の問題もない、力を合わせて敵を討つだけだ」


 総勢13人に甲賀衆、彼らは俺と同じ技を学んでいる。

 得意不得意はあるが、最低限の実力がある。

 彼らに加えて100人の領民がいれば、十分迎え討てる。


 4家が合同した吉良勢は、総勢600人位いる。

 隣領に攻め込むから、根こそぎ領民を集めたのだろう。

 鎧も装備せず、錆びた剥げ槍だけをもつ雑兵まで混じっている。


「若、まだですか?!」


 俺達の実力を知らない村井又兵衛が聞く。

 織田弾正忠家の兵だと、この辺りから石を投げるのだろう。


 だがそれは、敵に必中させられないからだ。

 確実に命中させられる腕があるなら、もっと引き付けてから投げた方が良い。


「まだだ、百発百中の我らは、引き付けた方が勝てるのだ」


「それは分かっておりますが……」


「心配するな、必ず追い払ってやる。

 追い払うだけでなく、次右衛門が望んでいた船が手に入る。

 水軍を作るほどの大船とは言えないが、10艘もの小舟が手に入る」


 今回吉良勢が用意した船は、小早船とも言えない漁船だ。

 だがその漁船ですら貴重なのは、油ケ淵で漁をする敵の様子で分かっている。

 ここで10艘すべて奪えたら、油ケ淵を我が物にできる!


「若、まだですか、もう直ぐ側まで来ていますぞ!」


 じりじりと時間が経ち、村井又兵衛が近づく吉良勢に耐えきれずに再び聞く。


「放て!」


 意地悪で間近まで引き付けたわけではない。

 船に乗っている大将首と、淵を渡る雑兵が離れるのを待っていたのだ。


「「「「「ぎゃっ!」」」」」


 事前に目で合図して、それぞれが狙う相手を決めていたから、十五人全員が違う敵を船から叩き落した。


 俺が投げた石を額に受けた敵の大将は、即死したと思う。

 兄を含めた他の甲賀衆が狙い打ちした敵も、半数は死んだと思う。

 

 投石、この時代の言葉でいう印地で海に叩き落された者は、立派な鎧をつけている者ほど溺れて死んでしまう。


 俺達の投石だけだと逃げられる事もある。

 特に近くに雑兵がいると溺死させられなくなる。

 100人のもの領民が投げる石が降って来るので、敵の雑兵が逃げている。


 などと考えている間にも必殺の投石を続けている。

 俺を含めた甲賀衆が的確に石を当てる。

 俺が狙った相手は一発で即死している。


 船に乗っている者が全員海に落ちた後は、少しでも立派な鎧を装備している者を狙って殺す!

 

「「「「「「うわぁあああああ!」」」」」」

 

 指揮を執る武将や徒士武者が、目の前で次々と頭を潰されて死ぬからだろう。

 恐怖に耐えきれなくなった雑兵達が叫び声をあげて逃げ出した。


「敵が逃げたぞ、勝鬨を上げろ!」


「「「「「うわぁあああああ!」」」」」」


「えいえい」

「「「「「おう」」」」」」


「えいえい」

「「「「「おう」」」」」」


「えいえい」

「「「「「おう」」」」」」


 兵達に勝鬨をあげさせるのは、勝利した総大将の特権であり醍醐味でもある。

 生れて初めて総大将として勝鬨をあげられて、感無量だ。

 もう誰かの指揮下で戦うなんて、つまらな過ぎて嫌だ!


「残された船を手に入れるぞ!」


「「「「「おう」」」」」」


 乗り込んでいた者を全員殺した小舟10艘が、油ケ淵を漂っている。

 戦利品は手に入れた者の物だが、今回は投石で勝負が決したので、誰のものでもなく総大将の物にする。


 個人的な物にするわけではなく、大浜城と領地を守るために使う。

 林秀貞が筆頭家老のまま那古野城に残っていたら、文句を言われただろう。

 だが今なら、誰も文句を言わないだろう。


「次右衛門、手に入れた船をどう使ったら利を得られるか考えろ」


「はっ、荒子の大殿にも相談して、出来るだけ多くの利を得られるようにします」


「又兵衛、敵の主だった者は殺せたはずだ、何か良い策が無いか考えろ」


 奥村次右衛門だけに聞いたら村井又兵衛が妬むかもしれない。

 家臣の心をつかみ上手く使いこなすのが主の役目だと、義祖父殿に言われている。

 言われた事もできないようでは、転生した人間として情けなさ過ぎる。


「はっ、若の武名が轟く策を考えさせていただきます」

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