第8話:城代

天文16年12月1日:三河吉良大浜城:前田慶次15歳視点


「この戦いは、前田慶次の御陰で勝てた!

 敵の背後に回る策を思いついたのも、実際に敵中を突破したのも慶次だ。

 奇襲を成功させ、敵の大将を討ち取ったのも慶次だ。

 多くの敵を討ち取って敵の戦意を挫いたのも慶次だ。

 その御陰で敵は籠城を諦めて城を明け渡した。

 褒美として攻め取った大浜城の城代に任じる」


 織田信長が俺の武功を認めた。

 合戦に参加した全将兵の前で俺の武功を認め褒美をくれた。

 俺はそれだけの働きをしたのだ!「


 俺は叩き殺した長田重元を高々と差し上げて大浜城の城兵を脅した。

 籠城したら皆殺しにするが、城を明け渡したら命だけは助けると言った。

 結果、大浜城の兵は城を明け渡したのだ。


「な、お待ちください、幾ら何でも与え過ぎです。

 他国から陪臣の養子に来たばかりの若輩者を城代にするなど、譜代衆を蔑ろにするにも程がありますぞ!」


 信長の言葉に林秀貞が咬みついた。

 信長のやる事には全て文句を言って悪評を広めている、傅役とは思えない奴だ。

 俺の事も気に食わないようで、何かにつけて難癖をつけて来る。


「譜代衆を大事にしろ、だから他人が落とした城を何もしていない自分に寄こせ、そう言っているのか?!」


 林秀貞を汚物のように見ながら、信長が蔑みを隠すことなく言った。


「な、そのような事を言っている訳ではありません」


「ふん、何時でも逃げられるように、味方の最後尾を付いて来ただけの憶病者が!

 譜代衆の中に、慶次を押しのけて城代のなるだけの武功を立てた者が何所にいる?

 慶次以上の武功を立てたから、俺を城代にしろという者は名乗り出ろ!

 新五郎と同じように、慶次の武功など物の数ではないという者、名乗り出ろ!」


 烈火の如き怒りを全く隠さない信長が、林秀貞を蔑むように見ながら言った。

 卑怯下劣、強欲な腐れ外道と同列に扱われるのが嫌なのだろう。

 殆どの譜代衆が林秀貞を睨みつけた。


「武功泥棒が!」


 井ノ口の戦いから好意的になった青山与三右衛門が、吐き捨てるように言った。

 林秀貞を見る目は、武家の間で一番嫌われる、戦場で武功を盗む恥知らずを、蔑み非難しているようだ。


「私は譜代衆を蔑ろにしては御家のためにならないと言っているだけだ!」


「だから人の手柄を横取りするだと、俺達を同類にするな!

 新五郎と同じ考えの者は名乗り出ろ、絶縁するからさっさと出て来い!」


 青山与三右衛門が、林秀貞と絶縁すると宣言するも同然の事を口にした。

 3番家老とはいえ、領地も与力も多い筆頭家老に絶縁を宣言するのは危険だ。

 そこまでされると、井ノ口の恩を返してもらった事になる。


「何故分からぬ、他国者が大きな顔をするのは家のためにならぬのだ!

 武功がないとは言っておらぬ、褒美が多過ぎると言っているだけだ」


「だから城代は自分の息のかかった者に与えよと言っているのか?

 慶次に相撲を負けるのが怖くて勝負を逃げた時に何と言った!

 軍勢を差配するのが役目で、雑兵働きなど必要ないと言ったな?

 なのに、余の初陣に筆頭家老のお前は何を助言した?

 軍勢の差配ができず、他人の武功を盗むしか能がないなら、家老を辞めろ!」


「そこまで申されては三郎様に仕える事などできぬ。

 本日只今、傅役も家老も辞めさせていただく!」


「そうか、だったらお前が押し込んだ者も全員連れて出て行け。

 余に毒を盛る隙を伺っていたようだが、残念だったな。

 次に同じ事をしたら、手の者は手打ちにする。

 その者を手討ちにするだけでなく、お前の首ももらう!」


「な、ありもしない罪を押し付けるな!」


「ふん、お前が勘十郎に近づき家の乗っ取りを画策している事など、皆知っている。

 この場で殺されないのは先祖の功の御陰だ、御先祖様に感謝するのだな」


 殆どの譜代衆から蔑みの目で見られる事に耐えられなくなったのだろう。


「このような恥をかかされたのは生れて初めてだ!

 受けた恥は必ず雪ぐ、覚えていろ!」


 そう言って林秀貞は手勢を率いて自分の城に逃げて行った。

 信長が約束を反故にして、追撃するのを恐れたのだろう。

 他人はみんな自分と同じ卑怯者だと思っているから、逃げたくなるのだ。


 林秀貞が逃げて行ったので、俺が高浜城代になるのを反対する者がいなくなった。

 だが同時に、信長が率いる軍勢が800から600に激減してしまった。


 帰りに林秀貞が待ち伏せしている可能性もあるので、信長の軍を減らし過ぎる訳にも行かず、大浜城に残せる兵が限られる。


「与三右衛門、那古野に帰ったら急ぎ兵を集めて送る、それまで助けてやれ」


 信長が青山与三左衛門尉に援軍を命いてくれた。

 だがずっとではなく、雑兵が集まるまでの短時間だ。


 尾張なら食い物さえ与えれば直ぐに兵は集まるが、不利になれば直ぐに逃げだす信用できない者ばかりだ。


「殿、荒子の義祖父に、俺が大浜城代となった事を知らせてください。

 領民の中から戦える者を送ってくれると思います」


「そうだな、直ぐに知らせを送ってやる」


「それと、久助兄者を甲賀の実家に行かせていただきたい。

 我らの父と兄は、小なりとはいえ甲賀の国人です。

 私が城代になったと知ったら、屈強な領民を送ってくれます。

 ある程度の扶持を約束してもらえるなら、地侍の次男三男を送ってくれます」


「分かった、この一帯を支配し続けられるのなら、少々の扶持は惜しんでいられぬ。

 久助、甲賀に行って集められるだけ集めて来い。

 使える者なら近習に取立ててやる、そうだな、徒士で20貫、騎馬で50貫だ。

 ただし、騎馬武者の馬は自前だ。

 轡を並べて戦っても良いと思う者を集めて来い」


「直ぐに行って参ります」


 滝川一益が、信長の言葉を聞いて直ぐに甲賀に向かった。

 まだ信長が那古野城に戻る前にだ。

 もしかしたら仕官の斡旋で小遣いを稼ぐ気かもしれない。

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