第28話 バケモノの価値観を押し付けるな

「おお、フロウズヴェニトル」


 先ほどまでと打って変り、満面の笑みを湛える男。もうおれなんて見てすらいない。


「気安く自分の名前を呼ぶな。ホッケ」


「フォッケヴェルガーだ。いやしくもフェンリル狼を祖にもつ偉大なる血族の――」


「黙れ。貴様なんてホッケで十分だ」


 吐き捨てるように、ロボは言う。だが男は、僅かに眉をひそめるだけだった。


「……お前もいい加減わかっているはずだ。人狼は数が少ない。滅多に出会う事すらない。それがつがいになるのは当たり前だろう」


「知らん。既に自分はつがいだ。お前の入る余地なんてない」


「オレにその肉袋を殺せと言ってるのか?」


 先ほどまでの態度がまだ人間らしいと思えるほど、男の体から殺意が噴き出した。もうおれを人として見るどころか、肉としてしか見ていない。


 猫を被る、そんな言葉があるが、コイツは人を被っていたわけだ。


 スーツが膨らみ、張り付いて見えるほど一回り筋肉が膨張する。


 その顔が、狼のそれへと変わっていた。鋭く前に伸びた鼻筋、剣ヶ峰のように突き立つ長い耳、鋭く伸びた牙が並ぶ口。鋭い眼光が、おれの心臓に向かう。


 なぜ古来、多くの国でオオカミを神として崇めたのか。それは、畏れを抱かせる存在だったからだ。


 おれは、また動けなかった。


「いい加減にしろ。自分にバケモノの価値観を押し付けるな」


「お前は人間を引きずりすぎている。オレたちは人間じゃない。お前も一度『はらわた』を食らえばわかる」


「だから嫌いだって言ってるんだクソ野郎。ウンコ食った口で愛を囁かれる身にもなれ!」


 それからのロボの言葉は凄かった。猛烈な勢いでまくしたてたのだ。


「肉食動物は、草食動物のはらわたを食らう! なぜか! それは彼らとて肉だけでは生きていけず、草食動物の『未消化物ごと腸を食べる必要がある』からだ!」


 だから肉食動物は草を食べずに済んでいるわけだ。


「それがどうした?」


「汚物なんぞ食えるかと言っているんだ!!」


 烈火の如く怒り、叫ぶロボ。


「いいか。自分は人狼だがもとは人間だ。体が動物になろうが、その一線だけは死んでも越えんし、越えたやつと口づけが交わせるほど人間やめちゃいないんだよ!!」


 その怒りは激しかった。


 言われてみればもっともだった。おれだってそんな相手は嫌だ。


 それはつまり、ロボの『心は人間だってこと』……だよな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る