第26話 フォッケヴェルガー・フォン・シュバルツヴァルト

「う……あ……」


 声が出ない。足が震えているのが、自分でもわかる。


「そう怯えるなよ。なぁに、「まだ」殺そうってわけじゃない」


 男は、ワザと「まだ」を強調して言った。それ以外は、日本人が抱く欧州貴族のイメージのように、優雅な物腰だというのに。


「もうロボとは会っているな。彼女の匂いがする……手を出してはいないだろうね?」


 声が出ず、ふるふると首を振る。


「良い。いい判断だ。少なくとも、今殺されずに済んだぞ」


 男は慇懃無礼に、パチパチと手を叩いた。


「一応、名乗っておこうか。オレは、フォッケヴェルガー・フォン・シュバルツヴァルト。かのフェンリル狼に連なる誇り高き人狼だ。いや、この国では、狼男の方が通りがいいか?」


 フォッケヴェルガーはどこかおどけて言う。しかし、言いながら外したサングラスから覗く金色の瞳は、鋭い刀剣のような敵意に満ちていた。


「その賢さに免じて、命が助かるチャンスをやろう」


 消えろ、そんな言葉を予想した。


 情けない話だが、一瞬、パスポートの取り方まで想像したくらいだ。


 だけど――


「去勢しろ」


 フォッケヴェルガーの言葉は、予想を遥かに超えていた。


「は?」


 思わず声が漏れた。

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