第6話 都怪

 だが、この計画も大きく狂う事になる。


 それは昨年、中学の修学旅行で行った東京を見たせいだ。


 確かに、東京は素晴らしい。


 土のほとんど見えないこの都会では、妖怪はどこにもいない。


 コピー機の両面印刷でとじ間違いをするのは妖怪のせいではない。環状線で寝過ごすのも妖怪のせいではない。漫画家が原稿を落とすのも妖怪のせいではない。


 本当に、どこにもいない。


 妖怪は。


 だけど、ここにおれは住めない。そうはっきりわかった。


 ここには、妖怪がいない代わりに、『何でもいる』。


 妖怪のいないスペースを、人の怨念が埋めていた。


 地元では、人の寄りつかないような場所にひっそり潜んでいたあの『何か』たちが、ここでは山のように溢れかえっていたのだ。


 その時、おれはあの『何か』が、人間から生まれるものだと気づいた。


 田舎より遥かに多い人口。人から漏れ出る情念が、そこかしこで固まりになるのだ。


 個人的な見解だが、それは、ある種の都市が持つ必然だし、別に悪い事じゃない。


 それらは、別に悪さはしないのだ。見えない人には。


 じゃあ見える人には?


 寄って来るのだ。目が合ったら、来る。


 大半の妖怪はそうじゃない。あいつらは、気ままに暮らしていて、生活圏が被っているだけだ。目が合ったって、別段問題ではない。


 だけど、人間から生まれたモノは違う。寂しさ、妬ましさ、憎しみ……そういった一人では解決できない感情が、澱となって吹きだまる。


 田舎であれば、やがて土に還っていくのだろう。


 そして土に還ってから、新たに妖怪として生まれてくるのだ。


大地によって悪意をろ過され、より純粋な要素を持つ存在として妖怪と化す。


 けれど、石は水を吸わないように、思いも吸わない。


『土に還らない物』は『腐らない』。


 石造りの都会では、腐らず、溜まる。溜まって淀む。


 どんどん大きくなる。一人では解決できないから、誰かを求め続けるそれが、大きくなる。


 そして、見つかった人間は捕まる。


 捕まったら、取り込まれる。


 取り込まれたら、腐らなくなる。腐れなくなる。死ねなくなる。


 おれは修学旅行を初日で切り上げて、慌てて一人で帰った。ホームシックだと級友にからかわれたけど、そんな事はどうでもいい。とても夜が待てるレベルじゃなかった。


 おれの上京するという意思は、そこで途絶えた。

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