第43話 初めての天啓

「先輩っ、無茶っすよ。冒険者をダンジョンの中に入れろって!」


 ダンジョンの中に入れば、逃げ道は無くなってしまう。完成間近だった村は、迷いの森に呑み込まれてしまった。必要最小限の装備しかなく、備蓄していた食料も失われてしまった。

 そんな状況でダンジョンの中に籠城なんて出来ないし、ましてや逃げ込む先は未知のダンジョン。


 ダーマさんと息のかかった冒険者といえど、ダンジョンを管理している黒子天使の存在は知らない。あくまでも熾天使からの天啓により、煽動されてヒケンの密林へと来ている。


「レヴィン、大丈夫よ。天啓を与えれば問題ないわ」


「ブランシュ、何とか出来るか?」


「ええっ、任せて!」


 ブランシュが力強く頷く。初めて与えるブランシュの天啓は、行き当たりばったりの不本意なものになってしまったことが、俺としては申し訳ないが、今はそんなことに拘る余裕はない。


「聖女クオン、ダンジョン1階層のA5エリアを解放する。冒険者達を導くのよ、時間はないわ。レヴィンも、受け入れ問題ないわね」


 ブランシュの天啓を受けて、クオンが俺の影から出てくる。最初に見た聖女らしい純白のドレスではなく、何故か漆黒の忍び装束姿。


「御意っ」


 跪き、短い返事をするクオン。忍び装束の聖女に、エプロン姿の熾天使。あまりにも、通常からはかけ離れた異様な光景ではあるが、これが第13ダンジョンらしい姿なのかもしれない。


 再びクオンは影の中に消え、行動が開始された。


「マリク、1体でも多く魔物の足止めをするんだ。A5エリアには、ダンジョン内の魔物を侵入禁止とする。後、それとなく食料と水を運びこめ!」




 冒険者達は魔物達と戦いつつ、次第に第13ダンジョンへと近づいてきている。多少の傷はあるが、まだ犠牲者は出ていない。

 しかしダンジョンへと近付くにつれ、魔物は密集し、より強固な壁となる。


「くそっ、キリがない。どうなってるんだよ」


「本当に聖女の天啓だったの? ウチらを嵌める為の罠だったんじゃない」


「確かにな、こんな辺境の森。俺達の存在が邪魔になったか」


 ダーマの息のかかった冒険者や商人達を率いるのは、白銀の翼と呼ばれる冒険者。それぞれがAランクの冒険者であるが、パーティーとなった時に更に真価が発揮される。


 しかし幾ら押し返しても、魔物達は迷いの森に強制的に押し出されてくる。終わりのない連続する戦いに、疲労の色は濃く、打開する見込みが無い。


「このままじゃ、ジリ貧だ。今持てる最大の魔法をぶっ放す」


 リーダーのアルベルトが、捨て身の決断をしようとした時、クオンが冒険者達の背後に現れる。


 音も気配も消し背後に現れ、いきなり全解放された殺気を放つ。それには冒険者達だけでなく、魔物達の動きも止まってしまう。


「言うことを聞けば、命を助けてやる」


「誰だ、貴様は。妖狐か!」


 クオンの姿が影の中に消えたかと思えば、次の瞬間にはアルベルトの背後にクオンが立っている。


「失礼なヤツめ。狐などと一緒にするな」


 クオンの鋭い爪が、冒険者のリーダーの首元に当てられているが、Aランクの冒険者であるアルベルトは全く反応出来ずに立ち尽くしたままでいる。


「ヒケンの密林のダンジョンの聖女クオン。ダンジョンに眠りし熾天使ブランシュの天啓を告げる者。未来を切り開きたければ、天啓を与える」


「聞けぬと言えば、どうする?」


 クオンの爪がアルベルトの首に食い込むと、血が流れる。流れる血の量は多く、殺すことは簡単だという意思表示ではなく、殺しそうとしている。


「待てっ……待ってください、聖女クオン……様。アルベルトも逆らうな。言うことを聞くんだ」


「どうする? お仲間は、そう言っているぞ」


 そこで初めてアルベルトは気付く。自身の首から流れた血で、体は真っ赤に染まっていることを。そして、おかれている状況を理解したのか、コクコク頷く。


「熾天使ブランシュ様の天啓を与える。今日からお前は、ヒケンの森のダンジョンの勇者アルベルト」


 再び、頷く勇者アルベルト。


「ダンジョンの一部に聖域を設ける、今は、そこで休むが良い」


「そっ、それだけで良いのか?」


「生きたければ、ダンジョンに入れ!」

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