第37話 セイレーン
目的地を指し示すものは何もない。ただ、ブランシュの直感だけに従って、迷いの森の中を進んでゆく。
もう歩き始めて、2時間は経過している。しかし、森の中の光景は何も変わらず、似た木々が並んでいるだけ。
普段であれば迷いの森を彷徨い続けることはなく、30分も歩けば元の場所へと戻されてしまう。それなのに彷徨い続けることが出来るのは、アミュレットがあるからなのか、「迷いの森」ではなく「帰らずの森」に入ったのかは分からない。
依然として、マッピング魔法のホログラムは黒いままで、俺達が進んだ道を記録してはくれない。
「んっ、何か臭いがするわ」
森に初めて変化が訪れる。何も変わらない木々の奥から、異臭が漂い始める。その臭いを辿れば、鼻を刺激するほどに強くなってゆく。
だがブランシュは迷わない。異臭のする方向へと進み、そして遂に迷いの森の終わりが見える。
「なんだよ、ここは」
「これでは、ピクニックにならん」
赤黒く染まった湖面と、湖の中央には朽ちた石碑。空からでも迷いの森の中に湖があることは分からずM何かの力によって森は隠匿されていた。
俺達でなく、サンドイッチの品質を守る為に、ザキーサが結界を張る。ザキーサが結界を張ったからといって、ここでバスケットを開けて楽しく昼食にする気にはなれない。
湖の周りには草すら生えていない。微風すら吹かず、湖上には悪臭が立ち込め、景色さえ霞んで見える。恐らくは、湖の中に生物すらいないだろう。
鑑定眼スキルでも、麻痺、睡眠、混乱、ステータス低下と多種多様な状態異常を起こす湖の水。さらにはブクブクと泡立ち、可燃性のガスが発生している。火花1つで、この一帯は何も残らない爆発を起こす、ドラゴンのブレス級の破壊力を秘めている。
「ブランシュ、引き返そう。流石にここは危ない」
「待って、あそこに何かいるの」
しかし、湖の真ん中にある朽ちた石碑。そこに、小さな光が見える。
「ブランシュのハロの光に呼応しておるのじゃろ」
「ザキさん、あれがアミュレットの光って言いたいのか」
「多分、そうだわ」
俺の問いにはザキーサでなく、ブランシュが答える。ザキーサであれば否定したかったが、ブランシュに言われてしまえば、俺にはどうすることも出来ない。
ダンジョンの中では使う機会の少なかった翼が、忌々しく思える。毒に侵された湖は、翼のある天使の障害とはならない。
「ほら見て、誰かがいるわ」
朽ちた石碑の下に居たのは、蒼い髪の女性。鎖で縛りつけられ、上半身のみが湖面から出ているが、鱗に覆われた下半身が僅かに見える。
「セイレーンか?」
「始まりのダンジョンの魔物ね」
首から下げたアミュレットが、ブランシュのハロの光に呼応して輝きを増す。リンと同様に、アミュレットに護られているが、それでも限界がある。生命力もスタミナも、尽きかけている。
「ダメだ、間に合わない」
鎖を切る為に、アイテムボックスから剣を取り出す。僅かな火花でも許されない、それを可能にする武器がある。
魔剣ユリシーズ。
生涯一度も負けることがなかったとされる、天使ユリシーズが愛用した剣。
しかし、呪われた魔剣でもあり、所有者への代償は大きい。それは、自我のある魔剣の嫉妬。俺はこの魔剣以外の武器を扱うことは出来ない。これが俺の秘密の1つでもあるが、知っているのはカシューとザキーサのみ。
「ブランシュ、離れろ。これなら、鎖を断ち切れる」
「レヴィン、大丈夫。ここは私に任せて」
ブランシュが俺を制止して、セイレーンを抱き締めるように鎖に触れる。
「ハロッ」
ブランシュの手に、ハロの光が集まると、セイレーンを縛っていた鎖は、砂のように崩れ落ちる。それと同時に、湖に沈むセイレーンをブランシュが抱き止める。
ブランシュの服も翼も、湖の赤黒い水で染まるが、それもハロの光で浄化されている。湖の毒は浄化されてゆくが、それに反して禍々しい魔力が次第に増大する。
「ブランシュ、離れろ」
俺の声と同時に、朽ちかけていた石碑が爆ぜる。そこから現れたのは、天使の頭部。反射的に魔剣ユリシーズを、その頭部に突き立てる。
魔剣ユリシーズは、天使の右目を貫いた。手には、しっかりとした感触もあった。
しかし、天使の頭部は消えて無くなってしまう。
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