第27話 ヒケンの密林の獣人族

 誰も住みつかないヒケン密林。今でこそ深い森となっているが、ゴセキ山脈の麓にある竜種達のお膝元。少しでも上位種の竜達が暴れだせば、ヒケンの森には甚大な被害が出る。

 過去に幾度も戦禍に巻き込まれ、竜種との接触を避ける為の緩衝地帯として存在している場所がヒケンの密林。


 そこに住み続ける種族がいるとは思えなかったが、暗殺を生業とする獣人族いる。いや、居たらしい。


 俺もカシューも、それなりに気配探知のスキルは高い。幾度もヒケンの密林で、魔物達をスカウトしてきたが、それでも獣人族の気配は感じたことがない。


「暗殺を生業とする獣人族って、ザキさんは知ってたのか?」


「ああ、残念ながら本当じゃ。憎たらしくて、執念深い子狐よ」


 ザキーサの心象はかなり悪いらしく、嫌悪感を隠そうとしない。


「でも、短命の獣人族。それなら、ずっとこの森に住んでいる保証もないし、聖女だって生き残っているはずがないだろ」


「残念じゃが、フェンリルとの混血じゃ。エルフなんぞより、よっぽど長命種。今でも虎視眈々とワシを狙ってくる」


「同じダンジョンに居たんだろ。何でそうなるんだよ?」


 始まりのダンジョンの聖女と、ダンジョンに仕えていた古代竜。巨大な組織になれば、それなりに確執や派閥も出来る。それが、始まりのダンジョンを崩壊させた原因と思わせる。


 徐に、ザキーサがアイテムボックスから取り出した物は、丼の形をしたアイテム。俺の鑑定眼スキルでも、何かは分からない一品。丼型で、上面は紙で封がされ、デフォルメされた狐の絵が描かれている。


「もしかして、フェンリルが封印されているのか?」


 古代竜と肩を並べるフェンリル。大昔はキョードの世界の覇権を巡り、幾度となく争いを繰り広げていた。そうなれば、ザキーサと獣人達の確執も理解出来る。


 一気に緊張が高まる。始まりのダンジョンが崩壊した原因こそが、上位種同士の覇権争い。


「違うわい。これは始まりのダンジョンの熾天使サージ様から賜った、カップ狐うどんじゃ」


「カップ狐うどん?」


 それが、何かは聞いたことがない。何でも、お湯を入れると5分で出来上がる、ツルツルとした食べ物らしい。


「そう、アヤツはワシのカップ狐うどんを、未だに狙っておる。食い意地が張った賎しい獣人」


「そんなことで揉めてるのか?」


「何をそんなことじゃと。これは歴とした、ワシへの報酬。それを掠め取ろうとするなぞ、聖女の風上にもおけん」


「あれっ、ザキちゃん。リリカとレンファのクッキーを食べたって聞いたわよ。本当なの?」


「うっ、そっ、それは。毒味しただけだ」


「そう、私の作ったクッキーに毒が入っているって言いたいのかしら?」


 これ以上の追求を避ける為に、カップ狐うどんがブランシュへと、こっそりと隠していたクッキーを差し出してくるザキーサ。

 すぐに食べてしまう獣人と、コレクター癖のあるザキーサの違いはあるが、最上位の魔物となっても食べ物への執着は強い。


「このカップ狐うどんがあれば、獣人の聖女は出てくるのかしら?」


「うむっ、それはそうだが……。あんな、味の違いも分からんヤツにやるのは勿体ない。カップ狐うどんも泣いておる」


 今度は、ブランシュがアイテムボックスから何かを取り出す。幾つもの、カラフルな円い塊。匂いからして、洋菓子であることは間違いない。


「そっ、それは、もしや新作?」


 ブランシュが居れば、常に肩の上に乗って離れないザキーサだが、キッチンには入れて貰えない。出来るそばから、つまみ食いして追い出されてしまった。だから、キッチンでは何が行われているは知らない。


「これはね、マカロンっいうのよ。誰に試食して貰おうかと思って来たのだけれど、誰にしようかしらね?」


「仕方がない。カップ狐うどん1つだけは我慢する。もしヤツが現れなければワシが回収するし、全力で守ってみせる」


 こうして、ヒケンの密林での聖女捜索作戦が開始される。

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