第8話 ダンジョンの掃除屋
「ごめんなさい。悪い人かと思ったの。大丈夫?」
倒れているマリクを心配するラナだが、手に持った木の棒でマリクの頭をつついている。
「これ、返すね」
そして、ラナがマリクの横にそっと置いたのは、金色の小さなサプリ。
「ねえ、ラナ。その金色のサプリはどうしたの?」
「うーんとね、マリクから吸い取って作ったサプリなの。だから、マリクに返すの。でもね、金色は珍しくてね、何かイイことが起こるサプリって言われてる。それでねっ、それでねっ、とっ~ても美味しいの」
「大丈夫よ。勝手にラナの部屋に入ったマリクが悪いの。だから、マリクからのお詫びとし貰っておきなさい」
ブランシュに言われても、まだ不安なのかサプリを手に取ろうとせず、木の棒でマリクの頭をつつく。それに答えるように、まだうつ伏せで倒れているマリクの手がサムズアップすると、ラナも満面の笑顔に変わる。
「マリク大好き、ありがっほうっ」
ラナはお礼の言葉も言い終わらぬ内に、金色のサプリを口に入れてしまう。それと同時に、部屋の中に次々と魔力の塊が現れ始める。
敵意は感じないが、油断出来ない強い魔力。思わず身構えてしまうが、それ以上に大きく反応したのはラナ。
「あーっ爺達の魔力だっ、元気だったんだ!」
現れたのはラナと同じほどの背丈だが、顔には木目模様のあるトレント族。
「はいっ、ラナ様がお元気になられたので、我らも姿を現すことが出来ました。再びお仕えすることが叶うとは、嬉しい限りでございます」
ラナは爺の手を取り、上下にブンブンっと振って喜びを全開に表現している。しかし急に我に返ると、元気な動きが止まる。
「はっ、爺達は大丈夫?」
ラナが不安そうに、俺とブランシュを見つめてくる。
「ああ、分かってるよ。ブランシュとラナが契約関係にあるんだ。眷属のトレントも同じ。一緒に居たいんだろ」
「うんうんっ、爺達も姫様と同じ。ラナにとって大切なの」
「それに、爺達はダンジョンの掃除屋だったんだろ」
ラナは理解していないが、それにはトレントの爺が頷く。ダンジョンにとって、もっとも重要な機能の1つがクリーンな環境を保つこと。
ダンジョンの中で起こる戦い。それだけでなくとも、卑怯な騙し合いや駆け引きが行われ、黒子天使達の目の届かないところで、死者は少なからず発生する。
冒険者や魔物の死体が、勝手に消えてなくなることはない。スライムが処理するのは全体の1割に満たず、多くの死体はダンジョンの隠し部屋に山積みにされている。
第6ダンジョンでも、隠し部屋は悲惨な状態だった。始まりのダンジョンは、第6ダンジョンよりも規模が大きく、ましてや最初に出来たダンジョン。もっと過酷な状況にあったことは簡単に想像出来る。
だが、ラナの隠し部屋を見て、知ってしまった。
部屋の中の棚に整然と並べられた容器には、ぎっしりとサプリが詰まっている。他にも隠し部屋はあるだろう。
ラナはただのドライアドなんかじゃない。ラナが姫と呼ぶのは、確かにドライアドの姫だろう。そして、ドライアドの姫が世話をするラナこそが、ドライアドよりも上位の、神と同等の力を持つ精霊。
ラナは数多の死体を吸収し、それをサプリに変えていた。過去にどんな経緯があったか、俺は知らない。だが、ダンジョンの道具として使われていた。
「条件は1つ。ラナはダンジョンの最深部で、俺達と一緒に暮らす。ダンジョンの業務には、関わらせない」
それにトレントの爺は頷き跪く。
「それは願ってもないことにございます。ダンジョンは、ワシらだけで十分。是非、ラナ様には自由な生活を。一族を代表して、宜しくお頼み申し上げます」
「うんっ? 爺も一緒にお引っ越ししないの?」
「あのね、爺にもダンジョンのお仕事を手伝ってもらうのよ。だから、ずっと一緒にはいられないのよ。でも心配しなくても、ラナがお願いすれば遊びに来てくれるわよ」
「うんっ、お仕事なら仕方ない。ラナもお姉さんになった。我慢出来るもん」
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