第7話 レヴィンの右腕

「おひっこし、おひっこし、みんなで仲良くおひっこし、たっ~のしいっ、おひっこし」


 俺とブランシュの前を、嬉しそうに即興の歌を口ずさみながら、ダンジョンの中を先導して歩くラナがいる。


 新しいダンジョンで、やるべき仕事は多い。


 しかし最優先事項は、ラナの持っているサプリを差し押さえること。これが、簡単にキョードの世界に出回ってしまえば、作り上げられた世界の礎や価値観が崩壊してしまう。


 突然、ラナが振り返る。


「ねえ、ブランシュ。しりとりしよう。ずつと1人でやってたけど、つまんなかったの」


「ええ、イイわよ」


 今のところラナが少し成長しただけの変化で、精神的には変わっていない。ただ数千年も1人でいたらしく、そこから解放されたことを喜んでいる。ダンジョンに対しての忌避感や嫌悪感もない。


「じゃあ、りんご」


「うーんとね、ごつごうしゅぎ」


「「えっ、ごつごうしゅぎ?」」


 ブランシュも俺も、聞いたことのない言葉に、思わず聞き返してしまう。


「うん、ごつごうしゅぎ。“ぎ”でも“き”でもイイんだよ」


「そっ、そうね、ギンガムチェック」


「うーんとね、クーデレ」


「「クーデレ?」」


「うん、クーデレ。もしかして知らないの?」


「ええ、始めて聞いた言葉なの。ドライアドに伝わる言葉なのかしら」


「うんとねっ、なんて言うのかな? 姫様みたいな人のことなの」


 そんな不思議なしりとりをしている間も、どんどんとダンジョンの奥へと進んでゆく。そこは、第6ダンジョンと始まりのダンジョンを繋ぐ、転移魔法陣があった場所の近く。


 その時、ラナの顔が豹変する。幼い子供から一転して鋭い目付きになり、蔓や蔦で出来た髪がブワッと宙に舞い上がる。


「お家に侵入者、油断してた。許さないし、逃がさない」


 急に駆け出すラナを、俺とブランシュが慌てて追いかける。子供とは思えない速さで、俺とブランシュをどんどん引き離してゆくラナ。


 通路の奥は行き止まりだが、ラナの駆ける速度はさらに増し、石壁の中へと消えてしまう。


「心配するな。ダンジョンの隠し部屋だ」


 しかし、隠し部屋と分かっても、状況も分からない場所へは迂闊に飛び込めず、俺とブランシュは立ち止まらざるを得ない。


「先輩っ、助けてーーーっ」


 そんな俺たちの不安をよそに、隠し部屋の中からは聞き覚えのある声がする。


「レヴィン、この声はマリクじゃないかしら?」


「いや、気のせいだ。放っておこう。幾らアイツでも場違い過ぎる」


 さらに石壁の奥の隠し部屋からは、表現出来ない聞き覚えのある声が響いてくる。


「イイの、大切な後輩なんでしょ」


「ああ、構わない。新しいスタートだ、過去の俺とは違う」


「でも、何でも言うことを聞く、扱いやすい後輩なんでしょ。きっと、私のお願いも二つ返事で聞いてくれるわ。ダンジョンに人手が必要なんでしょ」


「仕方ない、背に腹は変えられないか。今回だけは助けてやる」


 石壁をすり抜けて、ラナの隠し部屋の中に入る。そこで繰り広げられていた光景は、凄惨たるものだった。


 頼りないといっても、俺の右腕でもある黒子天使のマリク。カシューや俺ほどではないが、ダンジョンの黒子天使はそれなりに鍛えられている。

 それこそ第6ダンジョンクラスの冒険者が束になっても敵わない実力がある。


 それが今は、大の字で壁に打ち付けられている。ラナから伸びた無数の蔓や蔦がマリクに絡み付き、さらには魔力が吸い取られている。マリクもゲッソリとやつれ、辛うじて面影が感じられる程度の姿。


「ラナ、大丈夫だ。こいつは俺たちの仲間なんだ」


「仲間、仲間って」


 それでも興奮しているラナは、状況が全く理解出来ていない。


「私とレヴィンのお友達よ。ラナとも沢山遊んでくれるわよ」


「お友達。そうなの、知らなかったの。ごめんなさい」


 ポトリと壁から床に落ちるマリク。そして助かったことが分かったマリクは、うつ伏せに倒れながらもサムズアップしてくる。


「オレッち、可愛い子に手を上げるなんて出来ないっすから」

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