〈1〉  ③

 彼女に手を引かれて、村の真ん中にある広場に辿り着いた。

 村の人たちが──逃げ遅れた子供や女の人、川の仕事から駆け戻ってきたばかりの男の人たちが集められていた。

 僕はその中に父とモリバを探す。でも見当たらない。村と川とは百五十メートルも離れていない。この騒ぎに気づけない距離じゃない。ふたりがここにいないということは、まだ川から戻って来ていないか、どこかに隠れているかだろう。

 広場に集められていたのは人だけではなかった。燻製肉や缶詰、キャッサバやトウモロコシメーズといった食料から、G3やAK-47カラシニコフといった自動小銃アサルトライフル携行式対戦車擲弾発射器RPGなんかが山積みにされている。村の自警団や各家庭に備えてあった自衛のための武器だ。

 村人たちは一列に並ばされていた。周囲には、彼女と同じようにアサルトライフルを抱えた子供たちがうろうろしている。手持ち無沙汰なのか、怯える子供を小突いたり女の人の足首を掴んで引きずり回してどれくらいスカートがめくれ上がるかを競ったりしていた。

 ──子供兵士だ。

 どこかの村から拉致されたり、食べていくために自らすすんで兵士になった子など事情はさまざまだ。けれど。

「子供兵士はね、人を殺して遊ぶんだよ」と隣家のセタ婆が教えてくれたのを覚えている。セタ婆の痩せて皮膚の弛んだ二の腕には、娘時代に子供兵士から刻まれたという、深く陥没した傷痕が残っていた。「子供兵士たちは人を殺すと大人に褒められると信じているんだよ」

そんな子供たちが、村中を徘徊しているのだ。

 母は、彼女の銃口に押されて村人の列に加わる。僕も母の隣に立とうとして、「きみは、こっち」と引き留められる。彼女はまだ、僕の手を握っていた。僕を村人たちの前に立たせると、後ろから覆い被さるように僕を抱きしめる。

「ねえ、カラマ。だれを、えらぶ?」

 頭上から彼女の間延びした声が降ってくる。

 えらぶ? と訊き返したいのに、声が出ない。彼女の腕が、僕の腹の辺りに垂れている。そこに握られているカラシニコフの重みが、彼女を通して僕の肩にずっしりとのし掛かる。

 ──僕が選んだ人は、殺される。

 そう直感した。頭頂部に彼女の顎が刺さっているせいで、彼女の考えていることが流れ込んでいるのかもしれない。

「ねえ」焦れたように彼女の腕と、握られたカラシニコフが左右に揺れた。僕の体も不安定に揺さぶられる。「だれが、いい? きみが、えらぶんだよ」

このまま誰も選ばなかったとしても、僕が殺される。ならいっそ、母以外の誰かを選んでしまったほうが。

 そう考えたとき、女の人の絶叫が轟いた。

 並ばされていた村人だけでなく、僕を抱きしめていた彼女までもが驚いた様子で素早く声の方へ顔を向けた。

 お腹の大きな女の人が地面を転げ回っていた。両手で自分の顔を押さえている。女の人がのたうつのに合わせて指の間から血があふれ、地面に散らばっていた。

 すぐ傍には、ニオとさして歳の変わらない男の子たちが立っていた。体を折って、笑い転げている。カラシニコフやG3を提げ、ナイフを持っていた。彼らの足元に、大きなヒルが落ちていた。あとで知ったことだけれど、ヒルのように見えたのはお腹の大きな女の人の鼻だった。彼らは遊び半分に女の人の鼻を削いでいたのだ。

「いいなぁ」彼女が危うい呂律で呟いた。「ああいう派手なことができる子は、大佐に大事にされるんだ」

「大佐……?」

 彼女は僕の声など聞こえていない様子で、自動小銃を持った男の子たちと顔を押さえてうずくまる女の人を眺めている。少しして、彼女は「あ」と場違いに明るい声を上げた。

 不吉な予感がした。僕は奥歯を食いしばって顎を引く。そんな僕の反応などお構いなしに、彼女は僕に回した腕に力を込める。彼女の握るカラシニコフが僕の腰に当たる。彼女の両腕が僕を導く。

「わたしが見つけたんだから、カラマはわたしのものだよね?」

彼女のカラシニコフが、いつの間にか僕の手の中にある。僕の人差し指が、引き金に触れている。彼女の指が重ねられていた。

 引き金から指を外したかったけれど、僕の指先は引き金と彼女の指とで挟まれている。力加減を間違えれば、うっかり引き金を絞ってしまいそうだ。

 右腕が引きつって鋭い痛みを発する。筋肉が極限まで緊張しているのだ。

「きょうから、きみは、わたしの家族になるの。わたしがお姉さんでお母さんで、きみが弟で子供。ね? いいでしょう? きっといい家族になれるよ。だから、ほかの家族なんて」

 僕の手が、彼女の腕が、村の人たちに、そこに並ぶ僕の母に、カラシニコフを向ける。

 引き金に掛かった指が外れない。一列に並ばされた人々の、いい年をした大人たちの怯える顔が楽しくて笑いが漏れる。いや、笑っているのは僕じゃない。彼女だ。

「ひつよう、ないよね?」

 わさっ、と糸で作られた毛皮が跳ねる音がした。踊る悪魔が彼女に乗り移っているのかもしれない。それは、彼女に抱きしめられている僕にも容易くとり憑くだろう。

 僕は首を振る。嫌だと言いたかった。彼女を振り返りたかったのかもしれない。でも、瞬きひとつできなかった。眼球の表面が乾いて、涙が滲んだ。あふれた涙が頬を伝ってむず痒い。

「カラマ」母の、微笑みに歪んだ唇が、歌うように僕を呼ぶ。「大丈夫よ、大丈夫ね? ひとりでも、大丈夫、でしょう?」

 激しい雷鳴が僕を貫いた。呼吸が止まる。腹の横に構えたカラシニコフの銃声と母の囁きと踊る悪魔の気配とが、僕を突き飛ばす。それなのに、尻餅をつくことすら許されなかった。

 彼女の熱い体に支えられて、僕は立ち尽くす。村の人たちの呻き声と命乞いの絶叫とを見下ろして、僕は笑っていた。泣き叫ぶような笑い声を上げていた。

 本当に笑っていたのは、僕の背後に立つ彼女悪魔だったのかもしれない。

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