勇む者達へ 起
白銀隼斗
第1話 (キャラ立ち絵あり)
五人のキャラ立ち絵
https://kakuyomu.jp/users/nekomaru16/news/16818023213649717549
バザル大国一の娯楽街を誇る南方貿易都市、ナーリャン国に赤髪のボブと長い耳にぶら下がる幾つものピアスが目立つ、痩せ型の女がいた。黒いマントが砂混じりの微風に煽られる。
「だからさあ、うちレッドドラゴン一人で殺したっつってんじゃん」
高い身長と鮫のような歯で威圧するように顔を近づける。ぎりぎりと歯軋りの音が届き、ナーリャン国最大の酒場ギルドのマスターは怖気付いた。
どんなに屈強な兵士が相手でも屈しない彼が一歩退いたのを見て、酒場ギルドの看板娘も客も全員が固唾を飲み込んだ。
「で、でも、レッドドラゴンの霊魂の証を持っていないんだろう」
震えながらも強気に返す。女は口を閉ざし、ややあって上半身をあげた。顔が遠ざかり、マスターはほっと胸を撫で下ろす。
「うち、ネクロマンサーだかんな」
冷たく言い放った。その台詞にマスターと奥にいる女将が眼を見開いた。客のなかにいる数名の経験者も驚いて振り向いた。
「あ、あんたまさか……」
それににいっと口角を引いた。赤い双眸が三日月の形になる。
「レッドドラゴンの死体はうちが所有してる。出してもいいんなら出すけど、まあドラゴン族だから見境なく襲うかもなあ」
わざとらしい声音で腰に手をやり顎を触った。その恐ろしさを知っているマスターは慌てて両手を見せ、「わかった! あんたがレッドドラゴンを討伐したんだな!」と声を張った。
女は得意気に鼻を鳴らし、他の客達の方を横目で見ると挑発するように舌を出した。かなり実力のある魔法使いなのは確かだが、その腹の立つ表情と行為に何人かは拳を握りしめた。
「じゃ、暫くここの世話になるかなあ」
マントを翻し、酒場ギルドの二階に続く階段を登り始めた。ヒールの音が鳴る。
「ちょっとあんた、そっちは男用だけど、」
マスターが慌てて止める。然し女は軽く振り返って「チンコついてまあす」と指をひらひらさせた。こつこつと去っていく姿に大きく溜息を吐く。
「両性なら尚更ダメだっての……」
ここから数ヶ月、場合によっては一年この問題児をVIPとして扱う必要がある。マスター達はその現実に肩を落とした。
バザル大国一の自然美を誇る西方魔法都市、聖霊都市に真っ白な姫のような長髪と二つの涙ボクロが目立つ、美しい女がいた。白い布のような衣服から黒いハイソックスに包まれた脚が覗く。
「貴方、やる気あるの」
眉間に皺を寄せて十代かそこらの少年の顔を覗き込む。場所は聖霊都市にある聖ハール魔法学校の一室、三年生の生徒が十人前後おり、女は短く溜息を吐きながら顔をあげた。
生徒達は怯えており、ふっと黄色い瞳と眼が合った少女は身体を震わせた。
「……どうせ親のコネで入ったんでしょう、貴方たち。顔に覇気がないのよ」
左の太ももにはホルスターが巻かれており、なかには一丁の小型リボルバーが納められていた。いつでも引き抜ける位置にある、それが視界に入らないように少年達は眼を背けた。
聖ハール魔法学校のなかには幾つか学科が存在し、女が特別講師を請け負う科はアーチャーを専門に扱う。しかもただのアーチャーではなく、魔法矢などの特殊な矢を扱うタイプで、女はそれにも秀でていた。
木の板を打ち鳴らす踵に生徒達は自前の弓を握る。女は彼らの背後につくと足先を向けた。ふわりと浮いた白髪が射し込む光を反射する。
「そんなんじゃあその辺の獣に食い殺されて終わりだわ」
そう吐き捨てると軽く彼女の周りに風が起き、虚空から弓と一本の矢が現れた。
「まあ貴方たちが私と同じように出来るとは到底思えないけれど、今からするフォームを見て覚えなさい。一度しかやらないから」
すっと息を吸い込む。生徒達の目線が集まった瞬間空気が変わった。真っ直ぐ、そして綺麗に構えられた矢は一瞬にして放たれた。
音速を超える程の勢いで飛ぶ。爆風のような風が髪と服を巻き上げた。
矢は魔法で強化された藁人形の胴体に穴を開け、背後にあるダイヤモンドよりも硬い鉱石で造られた創設者の額に刺さった。藁人形の穴を中心に、ガラスが砕けたように薄紫色の層が波打っている。
生徒達は眼を見開いたまま固まっていたが、女の一息吐く声ではっと振り向いた。
「貴方たち弓だけは上物だからフォームさえどうにかすれば良くなるんじゃないかしら。まあ一切期待していないけれど」
ばさりと髪を手で払い、弓を消した。
バザル大国一の歴史を誇る東方宗教都市、ミャン・シーに襟足の長い黒髪と額の眼が目立つ、大人しそうな男がいた。白き太陽神を意味する純白のマントのあいだから両手を伸ばした。
「失礼します」
静かに呟くと両眼を閉じ、掌を母親に抱えられた赤子に向けた。額に縦にある眼が赤子を代わりに見つめた。
母親の家族や近所の者が見守るなか、男は一切慌てずに集中した。そうして力を込める。すると白い小さな魔法陣が赤子と掌のあいだに現れた。
周りが「おお……」と驚くなか、魔法陣はゆっくりと右に回転しはじめた。男は変わらず口を固く閉じ、第三の眼で赤子を見つめ続けた。
このまま安全に事が終わるのではないか、そう誰もが思った瞬間、ばっと白いマントを翻して腰にあるポーチから聖書を取り出した。かと思えば聖書の背の部分を赤子の胸に押し当てた。
何が、と周りが驚きはじめた時、男は両眼を開けて小さく「散れ」と呟いた。刹那、ぶわっと赤子を中心に風に似た空気の圧が出現し、母親と男以外の大人達は押され、人によっては尻もちをついた。
それらはよく見ると悪霊の特徴である絶叫の表情をしていた。男は聖書を片手で器用に持ち変えると、立ち上がりながら開いた。一発で該当のページに辿り着くと、そこに右手を置いたまま奇妙な発音の言葉を発した。
すると悪霊達は震えだし、抗うように一斉に男に向かった。だがその前に白い魔法陣が身体を軸に展開され、閃光のように悪霊達は消された。
空気の圧が治まり、しんっと静まり返る。ぱたんっと本の閉じられる音がしてから、赤子が口を開けて大きく泣き出した。
呆気にとられていた大人達はその元気な泣き声に呼び戻され、笑顔が花開いていく。母親は安堵の涙を流し、それを夫であり父親である男が抱きしめる。
「流石はシャーマン様だ」
どちらかの親、赤子からすれば祖父母にあたる老夫婦が、聖書を仕舞いマントを正す男に対して頭を下げた。それが伝染して他の大人達も崇拝するように跪いた。
然し男はその光景を毛嫌いしているのか、小さくかぶりを振った。
「やめてください。僕はただ白き太陽神様のお力をお借りしているだけです」
心底迷惑していると言いたげな表情に夫婦が気が付き、自分の親や親族達を軽く窘めてから視線をやった。
「本当に、ありがとうございます。このご恩は忘れません」
充血した眼に男は何も返さず、黙ってその家を出た。暫く歩いてから大きく息を吐く。
「苦手だ……」
バザル大国一の巨大産業を誇る北方産業都市、グァン=ザ峡谷にスキンヘッドと四本の腕が目立つ、無口そうな男がいた。数々の人間や種族が逃げてくる鉱山の入口で立ち尽くしていた。
「おいデカブツ! お前毒に強いんだろ!」
鉱夫達の親方だろう男が怒鳴るように叫んだ。葉のような模様がある大きな身体に似合わず、男は背を丸めて「いや……」と口ごもった。
舌打ちが聞こえる。それに「ハーフだから強くない」と呟いた。勿論聞こえはしなかった。
何も出来ない自分に四つの拳を作った。鉱山のなかには一定の確率で毒を含む鉱石がある、それを一回でも壊してしまうと一気に放出され、なかにいる生物は全員死ぬ。
咳き込みながら走ってきた鉱夫の一人が眼前で躓き、慌てて手を出した。大きな手と腕に鉱夫は縋り付くように動き顔をあげた。
「に、げろ」
その顔は半分以上が汚染されていた。これは毒を含む鉱石、毒化生の特徴ではない。男ははっと眼を見開いて振り向いた。
「今すぐ全員逃げろ!」
通る声で叫んだ時、後ろから禍々しい獣の鳴き声と共に魔物が飛び出してきた。影が降り、悲鳴があがる。
男は眼を丸くしたまま振り返った。口元を隠す布が舞い上がる。
剥き出された乱雑な牙、幾つもの狼や狐の顔がくっついたような不気味な姿。そして鼻の奥にこびりつく腐臭。男は鉱夫を投げ飛ばすと拳を作った。
二つの拳が下から打ち上げられる。正面にある一番大きな獣の顎下にヒットし、飛び出してきた勢いもあって後ろに仰け反った。その衝撃で入口の上が崩れる。
男は足を開いて四つの手を前に構えた。どくんっと大きく心臓のような音が鳴る。
もう一度鳴った。瞬間魔物が起き上がり一際鋭い咆哮をした。だが気がついた時には下顎の横に拳があり、数本の牙が折れた。
ごきっと顎の外れたような音のあと、傾いた頭を四本の腕で掴み、雄叫びをあげながら引っ張った。ぶちぶちと毛皮がちぎれ肉がちぎれ最後は骨さえも引きちぎれた。
大きな獣の頭を持ち上げたあと、ばっとその場に捨てた。ふっと息を吐く。
男は振り向いた。然し誰も彼も怯えて、化け物を見る眼で彼を睨んだ。慣れているのか視線を逸らし、頭に残っている牙に手をかけた。
「……なんでバーサーカーって無駄に暴れるんだろうな」
先程の人間がそう吐き捨てて去っていく。男は小さな背中を一瞥し、牙を引き抜いた。
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