26 一石二鳥

「運命力?」


「ほら、白雪ちゃんとも似たようなことしてるだろ、あいつ。一度出会って、再会してってやつ」


「あー、らしいね」


「あいつも罪な男だな」


「うんうん。罪な男だよ、お兄ちゃんは。なにせわたしが知ってるだけで、あとふたりはお兄ちゃんのこと、本気で好きな子いるから」


「マジかよ……あいつ、そんなモテるのか?」


「卓くんみたいに無闇にモテてるわけじゃないけど、イッセーくんっていいよね、って思ってる子はたくさんいるから。むしろ中身に惹かれている分、層が厚いよ」


「あのイツキがなー」


 おかしそうにおかしそうに笑った。


 一成にとって、一生がどのように学校で過ごしていたかの記憶は、小学五年生の夏で止まっている。だから女子からの好意を集めている弟に、自分が知らない一面を見せつけられたようで楽しそうだった。


「それで、ノエルは大丈夫なのか?」


「大丈夫って……お兄ちゃんが、他の女の子と付き合っちゃったことが?」


「そんなの大丈夫じゃないことくらい、バカでもわかる。その気持ちを知ったかぶって、慰めてやったりもしないから安心しろ」


「そこは普通、慰めてくれるところじゃない?」


「慰めんぞ。失恋の痛みは、俺に頼らず乗り越えてくれ」


「……一成くん、優しくないね」


「優しくする気なんて、端からないしな。優しくしようものなら、一成くん大好きってなるのが目に見えてるからな」


「なに、一成くんってナルシストなの?」


 恋心を軽んじられたような不快さが、ノエルの口を歪ませた。


 一成は得意げに鼻を鳴らすこともせず、真面目な面持ちで答えた。


「逆に聞くが、傷心中の気持ちを吐き出して、辛いよな、苦しいよなって気が済むまで頭を撫でられて、好きなだけこの顔に甘えて、気持ちが揺らがない自信はあるのか?」


「それは……」


 大好きな男の顔に、厳しい質問を突きつけられたノエルは言葉に詰まった。自信があるとすぐに言い切れなかったのは、既に答えが出ているようなものだった。


「ノエルの気持ちがその程度のものだ、って否定したいわけじゃない。俺に優しくされたとき、おまえが求めてしまうものは都合のいい代替品だ、ってことは知っておいて貰いたいだけだ」


「都合のいい、代替品?」


「そうなったとき、俺に恋したわけでもなければ愛したわけでもない。イツキでは得られなかった気持ちを、同じ形のもので満たしたいだけってことだ」


「……そっか。うん、そうなるだろうね」


 一成の考えに、間違いはないとノエルは納得した。


 大好きな人と結ばれたいと、何度も願ってきた。一番側にいながらも、それを叶えることの難しさが歯がゆかった。そうして積もりに積もったものが、決して満たされないとものになってしまった。


 擬似的とはいえ、この気持ちを満たせるのならどれだけ心地よいだろうか。その心地よさは必ず、一成に抱いた気持ちを勘違いしてしまうだろう。


 一成にはそれがわかっていた。わかった上で、それは心の弱さだと切り捨てることなく、向き合ってくれている。一生への想いを笑わず、大事にしてくれている。だから自分の優しさに頼らず、失恋を乗り越えろと言ったのだ。


 スパルタだけれども、一成の人間性に感服してしまった。あのイツキに、乗り越えられない偉大な兄だと、劣等感なく言わせるだけはあった。


「こんな俺と、一年間やっていく覚悟はあるか? 始まったら最後、どれだけきつくても途中で止められないぞ」


 一成に改めて覚悟を問われた。


 もう無理だと途中で止めるということは、一生への想いを家族に打ち明けなければならない。それだけはできないからこそ、一度始めたのならどれだけきつくても止められない。


 自分の中に答えを求めるように、目を瞑って思索する。


 考える時間を与えられたように、一成はその場から離れていく。からん、と遠くからゴミを捨てる音がした。戻ってきた気配に目を開いて、正面から一成を見上げた。


「たしかに選んで貰えなかったけどさ、わたしができることはしてあげたいんだ」


「どれだけ尽くしても、その想いが報われないと知った上でか?」


「そんなことないよ」


 かぶりを振ったノエルは、うっすらと微笑んだ。


「大好きな人が幸せになれるなら、それだけで頑張った気持ちは報われるから」


「そうか。ノエルは偉いな」


 一成は素直なまでに褒めてきた。


「優しくしないんじゃなかったの?」


「認めるものはちゃんと認める。それを言葉にするのは、優しさじゃないぞ」


 得意げな一成に、ノエルはぷっと噴き出した。


 優しくしないと言い切られたが、冷たく接してくるわけではない。この人は優しさ以外の方法で、あの手この手で支えてくれるんだろうとわかったからだ。


 まだ出会って五日しか経っていないが、一成とならこの先の一年、やっていけると確信した瞬間だった。


 なにせ一成は、自分の幸せのためではない。弟の幸せのために、ここまで来た人なのだから。


 そしてやっていく覚悟を示しただけで、思いつきで口にしたすべては実現した。


 俺なら問題なく全部できる。


 一成はそれを有言実行するように、ひとつの問題も残さず瀬川家に身を置いたのだ。




     ◆




「そうやって、一成くんはやってきたんだ」


 ノエルが話を締めくくると、天梨と華香は呆然としていた。目を瞬きながら、見つからない言葉を探し続けている。


「一成くんね、あれでわたしたちのこと、沢山考えてくれてるんだよ」


「え?」


 不意を突かれたように、天梨は声を漏らした。


「選ばれなかった恋愛敗北者なんて、酷いこと言うけどさ。あれはあれで、変に懐かれないよう突き放してるだけだから。心から馬鹿にした言葉じゃ……ない、と思うよ?」


「そこは断言してほしかったんだけど」


 自分を真っ直ぐ見据えてくるノエルに、天梨は複雑そうだった。


「でも、ひとりひとりのことを見て、ちゃんと考えてくれているのは本当だよ。春夏冬さんには春夏冬さんなりの、御縁さんには御縁さんなりの、わたしにはわたしなりの扱い方をしてるだけで、そこに差別も優劣もないから」


「えー……でも私、扱いが特別酷く感じるんだけど」


「まー、傍から見たら酷いのはたしかだけどさ。一成くんの思惑も、わからないでもないんだよね」


「思惑?」


「御縁さんのように扱われたら、春夏冬さん多分、そのまま一成くんに沼っちゃうだろうから」


「沼っちゃうって……」


 文句を言いそうになった天梨だが、冷静になって華香のように扱われている自分を考えてみた。それこそ前に、ふたりが楽しそうにおかず交換したお昼の光景が浮かんだ。


 ジッと見つめてくるノエルから、天梨は視線を逸らしてしまった。不承不承だからこそ、天梨は最後の抵抗のように口にする。


「で、でもやっぱり私は、差別されてると思うわ。なんだかんだで、華香とは楽しそうにしてたじゃない。そうよね?」


「え? あ、あれはその……」


 急に水を向けられて、華香は動揺した。最近できた仲のいい友人に、たしかにわたしと比べて差別されてるとは、真実であっても言えなかった。


 助け舟はノエルからもたらされた。


「あれは一成くんもこのままじゃよくないなって、さすがに思ったらしいよ」


「そう、なんですか?」


「うん。だって御縁さん、あのままだったら一成くんに依存したでしょ?」


「それは……」


 失礼にもなりうる言葉をあけすけに向けられ、華香は動揺した。


 そんなことはない、と心の内でも言い切れない。それを自覚していたからこそ、火が出そうな顔を伏してしまった。


「別に、恥ずかしいことなんかじゃないよ。一成くんはそれを、心が弱いと切り捨てたりはしない。そのくらいお兄ちゃんのことが好きだったって、気持ちだけは大事にしてくれる人だから」


「……一成さん、なんだかんだで優しいんですね」


「本人にそれを言ったら、認めているものを認めてるって言葉にするのは、優しさじゃないって否定するけどね」


 苦笑するノエルに、華香は釣られて顔を綻ばせた。


「だからね、一成くんはふたりをくっつけたの」


「「くっつけた?」」


 天梨と華香は同じ方角に首を傾げた。


「ふたりはさ、なにをキッカケで仲良くなったの?」


「キッカケは……漫画を見た後、語り合ったから」


「あれを初めて見て、語らずにはいられない初々しい反応。聞いているだけで本当に楽しかったです」


 思い出すように天梨は言うと、華香は目を輝かしながら胸元で手を組んだ。


「じゃあ、その漫画を見るキッカケになったのは?」


「それは――あ」


 そのときのことを思い出した天梨は、途端に目を丸くした。その隣で華香が両手で口を覆っていた。


 ふたりが仲良くなるキッカケになった本。最初は小説を勧められた天梨だったが、まず見ないだろうということで、代わりに漫画版を勧められた。借りた本であるにも関わらず、その持ち主は嫌な顔をせず、読んでもらいたいと言うのがわかっての行動だ。まるでその本を読めば、ふたりがこうなるとわかっていたかのように。


 天梨と華香。ふたりの仲は、他者の思惑通りに結ばれたものだった。


「そっか。私たち、イッセーの面影ばかり求めてたものね」


 天梨は不快感を表すことなく、悟ったように苦笑した。


「ずっとやり場のない想いを、一成さんで満たそうとしてました。でも天梨と仲良くなってから、この気持ちが前より楽になったんです」


「同じ痛みを抱えるもの同士、遠慮なく泣き言を吐けるものね」


「気持ちをわかってもらえるし、わかってあげられる。わたしたちに必要だったのは、そんな相手だったんだって、今ようやくわかりました」


 達観したように笑んでいるふたりを、ノエルはニヤっとしながら言った。


「しかもムカつく男の愚痴も吐けるから、一石二鳥だね」


 そのとおりだと、部屋中には姦しい笑い声が響いた。


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今晩もう一話投稿します。

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