第30話 ユウリとアイビスの奮闘
各選手がスタートを切ったあと、俺はコースから少し外れたところにある、事前に指定された場所へ向かうことになっていた。
生徒が大きく負傷したり、助けを求めた時に駆けつけるためだ。
他の先生たちやセレスも、箒にまたがって先回りする準備をしている。
俺も箒に乗ると、キメラの洞窟付近にある森へ向かうことにした。
ふわりと身体が持ち上がり、すぐに前方へ加速していく。
風を切る感触を顔で味わいながら、俺は次の行動について考えていた。
これから忙しくなそうだ。
「ここだな」
指定された場所は高く伸びた岩山の上だった。
狭いけど寝転がるくらいならできそうだ。
周囲を見回してみると、似たような岩山が森からいくつも生えていた。
明らかに自然の産物じゃないので、だれかが魔法で作ったのかもしれない。
選手たちが通過するコースからはやや距離があり、レースの様子を俯瞰して見られるようになっていた。
ちなみに中継用の使い魔は、この場所までこない。
「他者の視線、魔力は感じない」
人に見られていないことを確認すると、俺はローブの中から一匹のカラスを取り出した。
ラゴールが念話通信の中継地点にしていたやつだ。
頭に魔力を集中させ、今度はこっちから念話を送る。
ジージーと雑音が三分ほど続いたあと、ようやくラゴールが出た。
「なんの用だ。今日は定期報告の日ではないぞ」
「そっちは魔王教団本部か?」
「ああ、そうだ」
「いまこっちでは学年対抗箒レースが行われている。だが俺にはそちらの動向について情報が与えられていない。これだけの大イベントに魔王教団は静観を決め込むだけか?」
ユウリを狙撃するようなスパイがいるなら、ここで仕掛けてきてもおかしくない。
レース中は学園と比べ潜む場所も、逃げるルートも確保しやすいからだ。
だから生徒の救護を担当している俺に、話がないのはあり得ない。
たとえ指揮を執っている幹部が違うとしても、決闘場に続いて二度も失敗はしたくないはずだ。
「オレはなんの話も聞いていない。貴様に連絡を取れともな」
「ユウリ=スティルエートはターゲットから外されているのか? ならアイビス=カフネディカはどうだ」
「炎の精霊を継ぐお嬢様か? 厄介な相手だがこちらから仕掛けるつもりはない。下手につつくと戦争だ」
ユウリにもアイビスにも、手を出すつもりはないのか。
たしかに原作の魔王教団は、ここでは手を出してこない。
俺が警戒しすぎているだけなのだろうか?
「前に話していたキルステイン様に動きは?」
「あのお方なら本部におられる。さっきコーヒーを飲む姿を見たばかりだ」
「そうか、ならいい。そっちに動く気がないなら、俺は教師としての仕事を全うする」
そう言って、俺は念話を打ち切った。
魔力の干渉が消えると、カラスもどこかへ飛んでいった。
しばらくはここで待機することになりそうだ。
俺は身を守る魔法をいくつか使用し、ローブを脱いで仕掛けを作ると、岩の上に腰を下ろした。
「ユウリとアイビスの様子を見ておくか」
懐から使い魔の視界を共有できる、中継用の水晶玉を取り出しておく。
俺が視線を向けると、透明な球の表面に映像が浮かび上がった。
『各選手見事なテクニックでアラクネの森を進む! 自然の罠には要注意だ!』
実況の声と一緒に、箒で飛ぶ様子がリアルタイムで中継される。
いまは選手全員の映像が格子状に分割されているので、そこからユウリとアイビスの様子をピックアップするのことにした。
『ちょっと! スピード出しすぎ! いまの枝ギリギリだったわよ!』
『平気。当たりそうになったらショックで壊すから』
『そういう問題じゃないんだけど! やっぱりあたしの後ろについてきなさい!』
二人は口喧嘩をしながらも、順調に進んでいるみたいだ。
アラクネの森には危険な魔法生物も多いけど、上手く躱してきたみたいだ。
と思ったら、進行方向にいきなり巨大な蜘蛛の巣が出現した。
地面から投網のように巣を投げて、獲物を捕食する引き網蜘蛛の仕業だ。
いまの飛行スピードじゃ急に止まれない。
これはマズいかもしれない。
『えっ!? や、ヤバ……!』
『ルクス・ディスアーム【魔を弾く白光】』
『っ……あ、危なかった……はぁぁ……』
『大丈夫?』
『い、いまのはお礼を言うわ。ありがと』
蜘蛛の巣に捕まる寸前に、ユウリが武装解除魔法を発動した。
ちょうど自分たちが通る範囲に的を絞って、効果的に障害物を排除している。
この辺りはさすがだな。
『先頭のチームが森の出口に差し掛かりました! このまま無事脱出できるのでしょうか!?』』
どのチームもリタイアせず、アラクネの森を攻略している。
いまユウリたちの順位は、先頭から三番目だ。
一年ということを考えると、とてもよくやっていると思う。
このまま頑張ってくれ。
『おおっと!? 先頭の二人にまさかの展開! 優勝候補のエミル=ハイネマン、オルクス=マックノートのチームがまさかのクラッシュ! 移動中のトレントを躱しきれなかったようです!』
トレントは樹木の形をした魔法生物だ。
見た目は普通の木と変わらないから、いきなり動かれると回避しにくい。
実況の声だけで実際のシーンは見てないけど、これは運がなかったな。
『後続の選手は森を抜けていきます! 次のコースは水生の怪物が潜む、イピリア湖! その湖上を飛ばなければなりません!』
キラキラと輝く水面の下に、巨大なタコやイカの足、サメの姿が見えている。
湖なのに海洋生物がいる理由は、過去に魔法生物学の教師が勝手に放流したかららしい。
その教師はもちろんクビになったんだけど、危険な怪物たちはそのままだ。
『イフリート! あたしたちを守りなさい!』
『水の魔法生物って火を嫌うから助かる』
『そうでしょ。あたしがいてよかったわね』
『うん。よかった』
『……ちょっとは照れなさいよ』
ユウリとアイビスは周囲に炎を展開し、湖の真ん中を一直線に飛んでいく。
箒の風圧で水しぶきが何度も跳ねた。
『各選手クラーケンの妨害を回避しています! そして現在の一位は二年C組のアーリャ=ライカンスとジゼル=タイガー! 二位はユウリ=スティルエートとアイビス=カフネディカ! 三位は……』
湖でのレースは続いていく。
優勝候補が脱落したことで、ユウリたちに勝つチャンスが巡ってきた。
このままいけば原作どおりに優勝できるかもしれない。
がんばれユウリ。
主人公の実力を見せるんだ。
いつしか手に汗を握りながら、俺は水晶玉を凝視していた。
なんだかんだ言っても、自分の生徒が活躍するのは嬉しい。
その時、パンッと乾いた音がした。
同じ音をユウリと決闘場で聞いたと、記憶が告げる。
少し遅れて、俺の頭が撃ち抜かれていたことに、ようやく気づいた。
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