第26話 勝者と恥ずかしい呪い

 ずっと強くなることだけを望んで生きてきた。

 あたしはカフネディカ家の次期当主になる人間だ。


 だからどんな相手にだって勝つつもりだ。


 実際、前にいたオルドリア魔法学園では、高等部の生徒や先生を相手にしても、一度だって負けたことはない。


 あたしは強い。

 ……じゃあ、なんでこんなことになってるわけ?


「ブラッドリー先生1ポイント!」


 ジャッジの声が決闘場に響いて、観客席から歓声が上がる。


 三戦目もブラッドリー先生の魔法にやられて、あたしはポイントを取られてしまった。


 なんでこんなに差があるの。


 大魔導士を輩出するためなら、生徒の命も気にしないイカれた学園だって聞いてたけど、教師がここまで強いなんて。


 教科書どおりに授業をするだけで、実戦なんてできないと思ってたのに。


 円から出す作戦は失敗してるし、このままじゃあたしは負ける。


 この魔法はなるべく使いたくなかったんだけど、もう手段は選んでいられない。

「攻守が交替します」

「次の攻撃、あたしは自分のすべてを賭けるわ。あんたも覚悟しなさい」

「ああ。お前の全力を見せてみろ」


 ブラッドリー先生はいつもと変わらない仏頂面で言うけど、心の中ではきっと油断してるはず。


 ここまで全部、自分の思いどおりに決闘が進んでるわけだし。

 あたしが炎魔法を使ったゴリ押ししかできないと思ってるはず。


 その隙をつく。


「デネブレ・カース・チェイン……」


 先生に聞こえないように、小声で呪文を詠唱する。

 あたしが選んだのは、闇属性の呪詛魔法だった。


 高貴なカフネディカ家にはふさわしくないって、お父様には怒られたけど、勝つためならなんだってかまわない。


 これは一人で魔導書を読み込んで、唯一覚えられた魔法だ。

 相手を絶対服従させる、禁断の術。


「いくわよ。杖に従え──【獣魔隷属の呪い】!!


 杖から闇色の光が迸って、先生を直撃する。

 呪いは血と骨が混ざったような、赤黒い帯となって相手の身体を縛った。


 やった! 当たった!


【獣魔隷属の呪い】は相手を動物にして、操ることができる魔法だ。

 しかも防御魔法を貫通する効果まである。


 これで後は円から出るように命令するだけ。

 あたしの勝ちだ。


 勝ち……。

 勝ちのはずなのに……なんで先生はまだ動けるの!?


「対呪魔法【呪詛返還】。惜しかったな」

「そ、そんな……」


 先生を覆っていた呪いが、あたしの方に戻ってくる。

 やだ……動物になんてなりたくない!


 最後に見たのは目の前に広がる、赤黒い呪いの帯。

 そこであたしの意識は途切れた。


 ……………………。


 あれ?

 途切れてない?


 あたしの意識は普通に残っていた。

 恐る恐る目を開けてみると、手足も動物になってない。


 よかった……呪いは不発だったんだ。

 もしかしたら魔力の調整にミスがあったのかもしれない。


 とにかく助かった。

 そう安心した瞬間、あたしの身体は勝手に動き出した。


「ワン! ワンワンワン!」


 え? なにやってるわけ!?


 あたしは四つん這いになって、犬の鳴き真似をしていた。

 ちょっとウソでしょ!?


「カフカネディカ一年生は円から出てしまっていますね。この決闘、ブラッドリー先生の勝利です!」

「ワン! ワフンッ!」

「お、おう」


 ジャッジが大きな声で叫んでるけど、先生は戸惑ってる。

 いきなり生徒が犬になりきったら、そりゃそうでしょうね!


「これなに? 終わりなの?」

「なんか先生が勝ったみたいだな」

「あの子、犬耳と尻尾生えてない?」

「ホントだ。魔法ミスったなこれ」


 観客席で見てる人たちも困惑してるみたい。

 ていうか……耳と尻尾まで生えてるわけ!?


 こんなの恥ずかしすぎるわよ!

 声も身体も自由に動かせないし!


「えーと、アイビスもう終わり見たいだぞ」

「ワン! くんっ、クンクンクンッ!」

「そ、それはやめろ」


 あたしは先生に近づくと、スボンの股間部分に顔を埋めて、クンクンと匂いを嗅ぎだした。


 しかもうっとりとした顔で。

 ………………。


 やっ、やめてぇえええええええええええええええええええええええ!!


 なにしてんのよ!?

 こんなの変態じゃない!?


 先生はなんとかして、あたしを股間から引き剥がしているみたいだった。


「ワン、わふぅ! ぺろ、ペロペロペロ!」

「俺に上ろうとするな。あと顔を舐めるのはやめろ」


 股間から顔にターゲットを変更したあたしは、舌を出して嬉しそうにペロペロと額を舐める。


 それからぽっぺや、先生の口元まで……。


 ああああああああああああああああああああああああああああッッ!!

 本当にそれだけはやめて!


 彼氏だってまだいないのに、なんてことしてくれるわけ!?


「わ、わかったお手!」

「ワンッ!」

「いい子だ。お座り!」

「ワオンッ!」


 先生の言葉に従って、あたしは犬らしく芸をする。

 そっか、隷属の呪いだから逆らえないんだ……。


「よし、そのまま待てだ。だれか治療魔法医を呼んできてくれ!」


 先生は汗をダラダラ流しながら叫んでいる。

 よく見ると、視線は観客席にいるユウリに向けられていた。


 うわっ、ユウリすごい目してる。

 まさに絶対零度って感じの冷たい瞳だ。


「これ言っていいかわかんないけど、エロくね?」

「俺もそう思ってた」

「だれか録画できる水晶玉持ってない?」

「ホント男子ってサイテーね! だれか解呪に詳しい人いませんかー!」

「先生、私いま呼んできます!」


 観客席は大騒ぎで、特に男子が盛り上がってる。

 女子は解呪できそうな人を探してるみたい。


 あたしのこの姿みんなに見られてるのよね……。

 もう泣いていい?


「待て待て、勝手に動くな」

「ワオンッ!」

「だから動くな!」


 待つのに飽きたのか、あたしは伏せやチンチンのポーズを勝手にやり始めた。


 それからゴロンと仰向けになる。

 スカートが捲れて、パンツが丸見えになる。


 今日って白の下着だっけ……あはは、もうどうでもよくなってきたわ。


 しばらくすると治療魔法医の先生が来て、今度こそあたしの意識は途切れた。


 できるなら、もう起きたくないけど……。



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