第23話 アイビスが戦う理由

 アイビスが転校してきてから数日後。


 原作通り彼女はユウリと決闘をすることになった。


 炎の魔法とイフリートを使って、ド派手な戦闘を繰り広げるのが、本来のストーリー展開だ。


 最終的にはユウリの特訓で鍛えた武装解除によって、杖を弾かれ負けることになっている。


 そして、庶民にも名門に匹敵する才能があることを知り、ライバル関係になっていくわけだ。


 それが正しい原作の流れなのだが……。


「勝者、アイビス=カフネディカ!」

「ふんっ、新入生代表も大したことないわね! スライムで顔を洗って出直してきなさい!」

「うううぅ……」


 ユウリは普通に降参して、負けていた。


 魔力の練り上げも甘いし、攻撃も防御もかなりお粗末だ。

 不良生徒たちに見せた魔法のキレは、どこにいってしまったんだろうか?


 決闘場の周りでは生徒たちがバンザイをしたり、頭を抱えたりと悲喜こもごもだ。


 どうやら今回はどちらが勝つか、賭けをしている生徒も多いらしい。


「ユウリ、怪我は大丈夫か?」

「うん……平気」


 決闘が終わったあと、保健室から出て来たユウリに話しかける。

 すぐに決着が着いたので、治癒魔法で火傷はすぐに治ったみたいだ。


 ただ、心の方はノーダメージってわけにはいかない。

 表情はいつもと変わらなくても、落ち込んでいるのはわかる。


 やさしい言葉で慰めた方がいいのかもしれないけど、俺はそれよりも気になっていることがあった。


 今訊いておかないと気が済まないことが。


「今日は残念だったな。ヘコんでいるところ悪いが、一つだけ尋ねたいことがある」

「なに? 慰めてくれないんだ」

「あの決闘からは勝つという意思が感じられなかった。もしかして戦うことが怖くなっていないか?」

「正解。よくわかったね」


 やっぱりそうか。

 だからどの魔法も精彩を欠いていたんだ。


「また自分をコントロールできなくなって、人を傷つけたらどうしようって思う」

「天使化は命の危機に瀕した時しか発動しない。検査ではそう結論が出ている.

 重傷になる前に降参すれば問題はない」

「うん、知ってる。でも心がそうは思えなくて……」


 無属性魔法で暴れた記憶はなくても、心のどこかに罪悪感が残っているんだろう。


 これはリハビリは必要だな。

 主人公がしっかりしてくれないと、俺まで一緒に地獄行きだ。


「ブラッドリー先生、見つけたわよ! ここにいたのね!」


 と、話を遮るようにアイビスがやってきた。

 タイミングとしては最悪だ。


 今はちょっと勘弁してほしい。


「あなたの一番弟子は倒したわ! 今度こそあたしと決闘しなさい!」

「なぜそこまで俺にこだわるんだ。担当科目は魔族学だぞ。戦闘魔法学の先生に挑戦した方がいいんじゃないのか」

「誤魔化そうとしたって無駄よ。カフネディカ家の直感があなたは強いっていってるの。強者との戦いを求めるのは当然でしょ?」


 うーん、話がまったく通じてないな。

 ユウリも気まずそうだし、場所を移した方がいいかもしれない。


「ここでは人目につく。魔族学の教室で話すぞ。生徒と決闘するつもりはないが、余程の理由があるなら考えないこともない」

「説得してみろってことね。いいわよ」

「ユウリは先に帰って休んでおけ」

「うん。先生も気をつけて」


 ユウリを帰して、俺とアイビスは魔族学の教室に向かった。

 今は放課後なので、教室にいるのは俺たちだけだ。


「それで、どうして決闘にこだわるんだ」

「実力のある魔法使いに力を試したいって理由じゃダメなわけ?」

「俺は教師だ。生徒の背景はできる限り把握しておきたい。事前に用意されたプロフィールではなく、お前の言葉でな」


 原作でのヘイズとアイビスは、ほとんど絡みがない。

 あってもユウリに対する嫌味を咎めるとか、そのくらいだ。


 だからアイビスのことは、俺もぼんやりした情報しか持っていないのだ。


 本来のストーリー展開が変わろうとしているなら、ここで彼女の思想や家の方針について知っておきたい。


 魔王教団との戦いで、利用できるかもしれないしな。


「自分語りは好きじゃないんだけど、そんなに聞きたいなら話してあげるわ。カフネディカ家の魔法使いはご先祖様から精霊を受け継ぐの。子供が何人かいるなら、その中で一番才能のある子が選ばれる。それであたしがイフリートの主ってわけ」


 教室で出していた炎の精霊に、そんな事情があったのか。


「精霊は仕えていた主が死ぬ時に、その魂を食べて力を増していく。あたしは十八代目の継承者だから、イフリートもかなり強くなってるわ。いまはまだ力を抑えてくれてるけど、本気を出したらこの学園を燃やし尽くすことだってできるんだからね」


 ずいぶん物騒な話だな。

 そんな精霊を子供に任せて、大丈夫なんだろうか?


「あたしが二十歳になった時、精霊はいま仕えている魔法使いが自分の主人に相応しいか試すの。つまり全魔力を解放したイフリートと、あたしは戦う運命にあるってわけ。そこで勝って、ようやくカフネディカ家の当主として認められるの」


 庶民と違う魔法使いの名家には、それに比例する苦労があるってことか。


「ほんと、面倒な家よね。本家の莫大な財産と魔法の知識を受け継ぐには、その程度の試練は乗り越えろってことかしら」

「もし負けたらどうなるんだ」

「死ぬわね。それから魂を食べられて、精霊もどこかに消えちゃうらしいけど」

 どうやら俺が思っていた以上に、彼女も過酷な使命を背負っているみたいだ。

 俺の魔王教団に使い捨てられる運命なので、気持ちはわからなくもない。


「だからあたしは大魔導士になりたいの。魔王すら倒せる実力があるなら、たかだか十八代程度の精霊に負けるわけないから」

「だから決闘にこだわるのか。実戦ほど魔法使いを強くするものはないからな」


 これはセレスと組手をしたから、身をもって知っている。


「ようやくわかってくれたわね。あたしには時間がないの。うちに、強い相手と戦いたいのよ」


 そう言って、アイビスは俺の目をじっと見る。

 翠色の瞳が、強い意志をたたえているのがわかる。


 こんな話を聞いてしまったら、さすがにもうはぐらかせないな。


「それほどに意思が固いのならわかった。アイビス=カフネディカ、お前の決闘を受けよう」


 俺は覚悟を決めて、彼女の足元に革手袋を投げた。






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