第12話 その男、クレイジーだが意外と紳士
◇
運転席に堂々と鎮座する、レイバンタイプのサングラスを掛けたチャイニーズマフィアに、これまた堂々とドア越しで気さくに話しかけるナギさんは、端から見れば肝の据わった女傑そのものと言ったところ。
「カスガ、お迎えご苦労。調子はどうだ?」
「ああ、アフガン、イラクよりも快適だ。おかげで調子は戻った……いや、むしろ最高だ、ここなら弾が飛んでこないからな。ナギ姐、今日から復帰するぜ」
「おう、しばらく国外行きは無いからな、弾やミサイルの飛んでこない平和を堪能しろよ」
「ナギ姐、北の国はどうなんだよ?」
「ああ、相変わらずだよ。ま、たまにはこっちから撃ち返すか?」
朝から軽快なブラックユーモアを飛ばすナギさんとチャイニーズマフィアの二人は、大きな身体を折り曲げるようにして仰け反り、大きく口を開けて豪快に大笑いした。
ブラックユーモアを楽しむ厳つい二人を前にして、私も笑っていいのかわからず、きょとんとしたまま流れに身を任せていれば、一頻り笑い終えてから私の存在に気付いた彼は、運転席のドアを開けて降りてきた。
ナギさんはそもそも規格外だが、ズート・スーツを着こなし、長いストールを首から垂らすチャイニーズマフィア風の男もまた長身であり、私の目の前に立てば高い高い壁そのもの。
しかし……初見では気付かなかったけれど、ズート・スーツだと思ったものをよく見れば、ダークカラーをベースにした東方共栄学園の制服と同じで、しっかりと学園のロゴか入った代物だった。
なぜ、チャイニーズマフィア風の大男が、今日から私の通う学校の制服を着ているのか?
そもそも運転免許を取れる年齢なのだろうか?
「カスガ、挨拶しろ」
「ああ、わかった。ところで、荷物はこのおチビさんか?」
カスガと呼ばれた男は、ナギさんと会話するなかでアフガン、イラク、海外等のワードが出てきたけれど、なんともキナ臭いホットゾーンでいったいなにをしていたのだろうか?
平和な我が国ならば、基本的に弾が飛んでくることなんてほぼ無く、それこそおばあちゃんの昔の体験談ぐらいな話だ。
強いて言うなら私のことをおチビさんと呼んだことにより、今から言葉の弾丸が飛び交う、ホットゾーンと化すことであろう。
「おい、チャイニーズマフィア。誰がおチビさんだって?」
「おいおい、かわいいおチビさんよ、いくら俺がムービースターに似てるからって、チャイニーズマフィア扱いはないだろ?」
「男たちの挽歌気取りか? だったらサングラスをティアドロップに変えな?」
「お前、よくわかっているじゃねえか! ま、ティアドロップと言えば、トム・クルーズもよく似合うよな。もっとも、トムより身長はあるぜ?」
「トップガンか? それよりも私の前で身長の話は勘弁してくれよ」
「そいつは悪かったよ、おチビさん。俺は 春日 虎千代(カスガ トラチヨ)だ」
「いいから身長の話題から離れろよ? カスが、お前の名前を口にすれば、最高に気分がいいね。私はカザミ、風見 日向子だ」
「良い名前だな、どんな漢字を使っているか、当ててやるよ……そうだな、風見鶏と日向ぼっこの子かな?」
「へぇ、鋭い読みだね? 正解だよ、さながら幼き日の春日山の軍神様みたいだ」
「お前もかわいい顔して、眼鏡越しの目付き同様に鋭いな? よろしく」
「よろしく、それよりもサングラスを外したらどうだ?」
「ああ、あとのお楽しみにしよう。惚れても知らねえぞ?……おい、それよりも早く乗りな?」
想像通りのホットゾーンと化したのは言うまでもなく、身長の話題については腹立たしいものの、久々に男の人と刺激的で楽しい会話をした。
助手席側のドアを開け、シートを倒した彼に促されるまま後部座席へとご案内された私は、マッチョな外車に乗る機会がなかった故の不馴れから、小さな小さな身体を使ってどうやって乗り込むのか?
戸惑いを隠せない私に対し、見かけによらず優しく手を差し伸べた彼を思わず見上げれば、サングラスをしていてもわかるぐらいに満面の笑みを浮かべていた。
ため息のような一呼吸を置いてから、左手を委ねれば伝わる温かさに、わざとらしく高鳴る鼓動に踊らされるがまま、さながら私は、カボチャの馬車に乗せられたシンデレラのようだった───。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます