第10話 怖そうな大先輩は、思った以上にお茶目
◇
話せばわかる、時に問答無用な対応をされて命が終わる可能性もあるけれど、私はほんの少しの勇気を出して、ナギさんに一つ提案をしてみた。
「ナギさんは足を怪我していて困っている。私は……おかしいな、急に学校までの道のりがわからなくなったから困っている」
「へぇ、それであたしに案内しろって?」
「そう、あなたの手にある鈍重そうな杖よりも支えになれると思うけど?」
「ああ、そうかもしれないな……で、この体格差はどうするんだ?」
「ナギさん、失礼だけどあなたの身長は?」
「191cm、お前は?……ああ、気を悪くしたらすまない、答えなくてもいいさ」
「145cm……あったらいいんだけどね?」
「お互いにままならない悩みだね?」
大きな大きなナギさんの正確な数値を知ったことで、小さな小さな私の先入観から身の丈2mという思い込みは、ちょっと誇張しすぎたのかもしれず、ただただナギさんに倣って笑うしかないね。
どうして片足を怪我したのかわからないけど、少しでも困っていることは事実であり、現に私も困っているから交渉の余地はありそうだ。
なによりもまたお宮参りするぐらいなら、ナギさんに恩を売りつつ、連行された方がまだマシだろう。
それよりも気になるのは、さっきナギさんの口から出てきた言葉。
───「ああ、お前と同じ制服を着ている間にマスターしたのさ?」
これは推測に過ぎないけれど、彼女の言ったことが事実だとしたら、東方共栄学園のOGということになる。
小さな小さな私の大きな好奇心が疼き、気になってしまった以上、聞かないは一生の恥だよね?
「ナギさん、もしかしてあなたは……先輩なの?」
「ああ、人生の先輩であり、学校の先輩でもあるな……あれからそうだな、もう12年か? ヒナコ、あたしもお前と同じく、入学初日から色々とあってね?」
「そうなんだ、ナギさんに絡むような人って、相当頭イカれているんじゃない?」
「違いない、お前ならあいつとも気が合うかもな?」
「ボッチの私には贅沢すぎるね?」
「ああ、あたしもヒナコとなら良い友達になれそうだよ……だけど、今は職務を放棄する訳にはいかないんだ」
「ナギさん、やっぱりお互いにままならないね?」
「ああ、そう思うよ」
本当、ままならないけれど、人と話して朝からこんなにも笑い合えるなんて、きっと明日になれば、表情筋が痛むこと受け合いかもね。
「ヒナコ、お前はいくらあたしが言ったところで、戻る気はないんだろ? ああ、かわいらしいお前の表情を見ればさ、譲る気なんてなさそうだし、こういうところがあいつみたいだからな……いいよ、あたしに付いてきな?」
話せばわかる、犬養毅の思惑のように言いくるめられたのかはわからない。
相手は話の通じない青年将校と違い、人情味のあるとても素敵なナギさんだったから、どこか通じ合えたと信じてもいいよね?
踵を返し、付いてくるようにと言うナギさんに従い、片足を庇いながら杖を付く様子は痛々しく、なにか助けになればと思い思いに小さな手で支えた。
「ありがとう、ヒナコ。お前の優しさ、痛み入る」
「どういたしまして。ところでナギさん、どうして足を痛めたのかな?」
「ああ、この杖を持ってみろよ?」
ナギさんを支える、重厚そうな杖を私の方へと傾け、恐る恐る受け取ってみれば……。
「ナギさん、これ、鉄筋でも入っているの? それぐらいに重い」
私の思うがまま、感想を述べればナギさんは大笑いし、それでもふらつくことなく、素晴らしい体軸を見せつけられれば、最初から杖なんていらないのではないだろうか?
またひとしきり笑った彼女は、落ち着いてから再び口を開き、こう言ったのだ。
「これを足の甲に落としたんだ。そうしたらさ、骨にヒビ入っちゃってね?」
つまり、ナギさんは怪我をしたから杖として使っている訳ではなく、普段から使っているってことだよね?
参ったね、どうやら私は、凶器を持った191cmの外人風のお姉さんに話しかけた無鉄砲らしいよ───。
◇
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