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 ◇ ◇



 山の向こうから 悪竜マルス・ドラコがあらわれた時

 ちょうど外にいた 少年は 悪竜に襲われてしまいました

 しかし すんでのところで

 やってきた怪物モンストルが 少年を 助けてくれたのです


「ありがとう ありがとう

 たすけてくれて ありがとう」


 少年は お礼を言うために 山へのぼりました

 しかし怪物は こう言います


「ああ きもちわるい きもちわるい

 おまえら人間なんか だいきらいだ

 悪竜をやっつけるのは お前たちのためじゃない

 わかったら さっさとでていけ」


 怪物は少年を ぱっぱと 追い払ってしまいました

 けれど少年は 怪物のことが気になって仕方がありません


 気になって 気になって

 少年は 街の人たちに 怪物のことを聞いてまわりました


「助けてくれるのは ありがたいけれど」

「おまえも見ただろう あの見た目」

「あれは この世のモノじゃない」


 街の人たちは そろって怪物の見た目の話ばかり

 どうして 悪竜をやっつけてくれるのか

 どうして 山でひとりきりなのか

 理由はだれも知りませんでした


   ──『銀貨物語』作中絵本「怪物と少年」より



 ◇ ◇



 相模は大きな怪我などなかったものの、精神面のケアや精密な検査が必要とあって、数日ほど市内の病院に入院することになった。

 三人にとっては大きな事件であったが、今回は未遂で済んだ上、相模を襲った男が近所に住んでいるとある市議会議員の息子だったということもあり、刑事事件にはならなかったらしい。

「……納得いかねぇよ」

「そうだな」

 塾がない日の放課後、市内の病院まで相模の見舞いに向かう道中、一緒にきた日野はひたすら不満そうにこぼしていた。

 英語教師や陸上部での一件も、最終的には大きな表沙汰になっていない。今回は学校の外の事件ではあったが、結局権力を持った側に潰されてしまった形だ。

 いくら不満を持とうとも、子どもである自分たちには何もできない。

 ──『大人』は誰も『味方』にはなってくれないんだな。

 どうして『彼』を守ろうとはしてくれないのか。

 小さな諦めが少しずつ増えていくようで、春日はため息を小さく吐いた。



 総合病院の受付で部屋の番号を聞き、病室に向かう途中。

 自販機などのある休憩スペースで、聞いたことのある話し声が聞こえてきた。

 相模の母親の声だ。

「はい、この度はご迷惑をおかけしまして……」

 誰かに電話しているらしく、休憩スペースの隅のほうで丸めた背中が壁に向かって謝っていた。

 相模の入院の件で、誰かに謝罪しているらしい。他人の電話を聞くのは良くないだろうと、そのまま声は掛けずに病室へ向かおうとしたのだが、聞こえてきた言葉に思わず足が止まる。

「あの子は誰にでも色目を使うんです。本当に申し訳ありませんでした」

 思わず耳を疑った。

 しかし、間違い無く相模の母が発した言葉だ。

「ええ、そうなんですよ。男女問わず……。もう、本当に」

 続けられた言葉に、眉をひそめる。

 横を見れば、日野も同じように怒りをあらわにしていた。

「そうなんです。以前は、私の夫にまで。本当に困った子でして、大変なご迷惑を……」

 スラスラと淀みなく出てくる言葉の数々に、相模のことを普段からああやって他人に話しているのだろうということが分かる。

 ──陸上部の件が逆になって広がっていたのは、こ人のせいか。

 母や母に相模のことを話したという常連ですら、あの件は相模が悪者だと思い込んでいた。同じ学校の生徒の一部にも、未だそう思っている人間はいる。

 そして相模が居なくなった時に『家族とケンカをした』と、分かりやすくうそぶいていたのも、きっと父親に襲われかけたのが本当の理由ではないかと、なんとなくそんな気がした。

「全部、あの子が悪いんです」

 その人は、とても当たり前のことを話すように、電話の向こうの相手へ告げる。

 彼は言っていた。

『あそこはおれの家じゃない』

 味方であるべき親が、味方ではない。

 そんな場所を『自分の家』と呼びたくない気持ちは分かる。

 無意識に奥歯を噛み締めてしまっていた。

「……は、色目? んなわけあるかよ」

 さすがに我慢ならなかったらしく、日野が母親のほうへ向かって行こうとするので、春日は肩を掴んで制止する。

「やめろ日野」

「でも!」

 春日も日野と同じ気持ちだった。

 けれど、どんなに最低とはいっても、相手は相模の保護者なのだ。

 子どもである自分たちが敵う相手ではない。

 なんとか日野を宥め、相模の病室へ足を向ける。

「相模は、何も悪くないだろ」

「そうだな。でも……」

 彼は教室にいる時も、部室にいた時も、きっとあの日公園にいた時も、何もしてはいないのだろう。

 きっと、ただそこに存在していただけ。

 けれど何故か、向こうのほうから脅威がやってくる。

 悪いことを、人を、惹き寄せてしまう。

「相模が他人を避けてるのは、本人が望まずとも、そういう人間を引き寄せてしまうのかもしれないな」

 だからこそ、彼には守ってくれる存在が必要だ。

 見る限り、彼の周りの『大人』は信用ならない。

 ──俺や日野で、守ってやらないと、たぶんダメだ。

 そうじゃなければ、自分に『殺してほしい』と言った彼は、簡単に命を手放してしまうかもしれない。

 それだけは、嫌だった。

「なるほどな。じゃーつまり、相模は『変人ホイホイ』ってヤツか」

 しばらく何か考えていた日野が困ったような顔でそう言って笑うので、春日は思わず口角を上げる。

「分かりやすく言うと、そういうことかもな」

「本人も相当変人だけどなぁ」

「まぁ『類は友を呼ぶ』とも言うからな」

 そう言って日野と二人で笑い合うと、相模が入院する部屋のドアをノックした。

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