第12話 身バレ

 陽介はテレビに映る自分の姿を眺める。顔にモザイクが掛かり、全体的にぼかされているが、間違いなく昨日の動画だった。


(一花は、警察に言われて、アーカイブを非公開にしたと言っていたけど……)


 それでも、一度ネットの海に放流されたら、簡単には消えないということか。ぼかしやモザイクが多くなっているのも、関係者にちゃんと許可を取っていないことが理由かもしれない。少なくとも、陽介に許可した覚えはなかった。


「これって、陽介よね」


 寅子の指摘に陽介は頷く。


「あらあら、どうしましょう。うちにたくさんの記者が来るかもしれないわ」


「でも、この映像だけじゃ、陽介かどうかなんてわからないんじゃないか?」と文司。


「確かにねぇ」


 そこで陽介は、昨日のコメントが引っかかり、スマホで自分のチャンネルを確認する。


 そして、開いた口が塞がらなくなった。


「どうした? 何かあったのか?」


「あ、いや、その、身バレしたみたい……」


 陽介は自分のチャンネル登録者数を見せた。昨日の最後に見たときは、10人しかいなかった登録者が10万人を超えていた。さらに、動画の再生数とコメントも伸びている。


「どれどれ」


 文司と寅子がスマホを覗き込んだ。寅子が慣れた手つきで一番伸びている動画をクリックし、コメント欄を眺める。


「これは……バレてるわね。しかも、ちらほらマスコミから取材依頼が来ている」


「ふむ。これは……どうなんだ? 家に直接来たりはしないのか?」


「そのうち、家がバレて、来るんじゃない?」


「そうか。どうしたもんかな……」


 悩む文司を見て、陽介は申し訳なさそうに眉根をよせる。


「すまん。俺のせいで」


「何を言ってるんだ? 陽介は何も悪いことをしていないよ」


「そうよ。悪いのはこちらの事情も顧みずにやってくるであろう記者の方なんだから。陽介がやったこと自体はとても誇らしいわ」


「そっか。爺ちゃんも婆ちゃんも嬉しい?」


「当然だろ! さすが、陽介だ!」


「ええ! 陽介は最高の孫よ!」


 文司と寅子の偽りのない笑顔に、陽介の顔から笑みがこぼれる。


「そっか。なら、良いか」


「良いわけあるか!」


 不意に現れた孝彦に、陽介は後頭部を小突かれる。振り返ると、そこには疲れた顔の孝彦が立っていた。


「タカ兄。どうした?」


「こっちは、コメントを求められて、大変だったんだから」


「え、タカ兄のところに来たの? 何で?」


「常連客にマスコミ関連の人がいて、その人が陽介のショーを見たことがあったから、それでバレたらしい。本人は良かれと思ってやったみたいだけど」


「店の名前が売れて良かったじゃん」と寅子。


「全然良くない。邪魔すぎて仕事にならんかったから、取材も拒否して、全員、追い返してやったわ」


「あらあら、もったいない。そこは経営者として、柔軟にやらないと」


 寅子の指摘に、孝彦はイライラした調子で答える。


「うちは『本格派』のマジックバーとしてやっていきたいから、関係ない話題で名前を売るようなやり方を望んでいない。それに、陽介を期待する客で、他の客に迷惑をかけるかもしれないし」


「なるほどねぇ。あれ? でも、ちょっと待って。ということは……」


 寅子は自分のスマホを確認し、「ぎゃっ!」と声を荒げた。


「どうした!?」と文司。


「私の登録者が……増えてない」


 寅子は寂し気な表情でスマホを見せる。登録者は1万人ほどだった。


 孝彦は呆れ顔で言う。


「陽介との関係性について話しているの?」


「言ってない」


「なら、伸びるわけないよね」


「うぅ~。孝彦がいじめる~」


「べつにいじめてないけど。今からでも言えば?」


「言えるわけないでしょ! こっちは、20歳の女子大生という設定でやっているんだから!?」


「おぞましいネットの真実を垣間見たよ」


「誰が、おぞましいクソババアですって~!」


「そこまで言ってない」


「にゃぁ~」


 猫パンチを繰り出そうとした寅子の手首を、孝彦は気怠そうに掴む。


 二人がバチバチやっていると、文司が「こほん」と咳払いをして、仕切り直した。


「とりあえず、このままだと家がバレて、マスコミが来るかもしれない。そうなったとき、大事なのは陽介がどうしたいかだ」


「俺が?」


「ああ。マスコミの取材に応じる気があるなら、さっさとその機会を作った方が良いと思う。もしくは、動画でこの件について触れるか。そうすれば、マスコミもさっさと引くと思う」


「なるほど」


「どうする?」


「んー。俺はスルーしたい」


「ほぅ。なぜ?」


「おそらく、俺は今、良い意味で一番注目されている人間だと思う。そんな人間が、あえてこの件に触れずにスルーしたら――余裕があるみたいで、最高にカッコいいじゃん」


 どや顔で語る陽介に対し、「はぁ」と孝彦はため息を漏らした。


「でたよ。天邪鬼」


「よし、わかった。なら、一週間くらい北海道にでも行くか」


「何で北海道?」と孝彦。


「今の時代、一週間も経ったら、人々の関心も無くなるだろう。だから、一週間、マスコミの前から姿を消すんだ。で、北海道の理由は――俺が行きたいからだ!」


「俺は行かねーぞ。バーがあるし」


「うむ。だから、マスコミへの対応は孝彦に任せる」


「は? 俺?」


「孝彦には、今回の件でのマスコミ対応の実績があるから、マスコミの人間も、孝彦しかこの家にいないと知ったら、そのうち諦めるだろう」


「えー嫌なんだけど」


「レーズンバターサンドをたくさん買ってくるからさ」


「……ポテチにチョコを塗ったやつといくらも食べてぇな。あと酒」


「わかった。買ってくる」


「しゃーない。なら、俺がマスコミの相手をしてやろう!」


「ありがとう! タカ兄!」


「よし! じゃあ、マスコミが来る前にさっさと家を出よう。婆さんと陽介はさっさと準備!」


「わかった」


 駆け出そうとした陽介を、「待って」と寅子が呼び止める。陽介が不思議そうに振り返ると、寅子は言った。


「40秒で支度しな!」


「……ああ」


 陽介は、苦笑して自分の部屋へ急いだ。

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