処理落ちかぐや姫

青樹空良

第1話 処理落ちぐるぐる

 わたしはいつも処理落ちしている。そう、言われる。言いかえると、回線が遅い。

 どっちにしても、一緒だ。




 ◇ ◇ ◇




「ほかに何か意見がある人はいますかー!」


 学級委員の相川あいかわ君が、いつも先生が立っている教卓からきょろきょろと教室を見回している。その横には、もう一人の学級委員の佐藤さとうさん。今までに出た案を黒板にきれいな字で書いている。

 黒板にきれいな字で書くのってけっこう大変だ。先生に当てられたりして、いざ黒板に字を書いてみようとするとわかる。ノートに書くのとは全然ちがう。だから、佐藤さんがノートに書くような字を黒板にすらすらとかいているのはすごいと思う。

 それに、みんなの前に立って字を書いたり、話をしたりしているのは本当にすごい。

 私には絶対できない。


「では、この中から決めようと思います」


 ハッキリとした声で相川君が言う。相川君は窓ぎわに立っている先生の方に顔を向けた。先生がうなずく。目だけでサインを送るなんて、なんだか大人みたいだ。

 相川君は黒板の方へふり向いて、出た案を確認している。

 わたしも黒板に書かれた佐藤さんの読みやすい文字を、もう一度読む。


『劇』

『ダンス』

『合奏』

『合唱』


 どれもやりたくないことばかりだ。それに、わざわざ黒板に書き出してはいるが、低学年の時も同じようなことはやってきた。このどれかから選ぶのは、決まっているようなことだ。だから、今年も来てしまったという気持ちでいっぱいだ。

 どれにするにしても、体育館の舞台の上に立たなくてはいけないことには変わりない。


「今から多数決を取ります。いいと思ったものに手をあげてください」


 教室の中が少しざわめく。近くの席に仲のいい子がいる子は、ちょっとした相談をしている。わたしは、一人で困っている。となりの席の男子は話しかけることができるほど仲がいいわけじゃないし。

 すぐに決めろと言われてもすごく困る。せめて休み時間をはさんでくれないかな、と思うけれど話はどんどん進んでしまう。

 どれがいいんだろう。

 黒板を見て考える。


『劇』観るのは好きだけど、自分がやるのは別。絶対にないと思うけどもし何かの間違いで長いセリフがある役が回ってきたらどうしよう。わき役だとしても、舞台に立つなんて考えるだけで怖い。マンガとかでよくある後ろに立っているだけの木の役とか、そういうのだったらいいんだけど(じっさいには見たことがない)。


『ダンス』運動はあまり得意じゃないし、一人だけテンポがずれていたりなんかしたら注目されてはずかしいことになってしまう。でも、みんなといっしょに同じ動きさえしていればいいんだから、一人ずつでしゃべったりしなくちゃいけない劇よりはいいのかもしれない。


『合奏』どれだけ練習しても本番になって手が動かなくなったり、ど忘れでもしたら大変。でも、同じ楽器の子が何人かいたらわたしだけ音が出ていなくても気付かれないかもしれない。


『合唱』これも、合奏と同じでわたしだけ声が出ていなくても、口だけぱくぱくしていればそれですむかもしれない。


 決まらない。どれを選んだって、舞台に上がらなくちゃいけないのは変わらない。人前に出ることが苦手なんだから、どれかを選べと言われても難しいんだ。だって、どれも自分からやりたいものじゃない。

 悩む。すごく悩む。

 消去法でいけば、合唱かな。でも、歌うのは得意じゃないし、楽しそうなのは劇だけど……。

 わたしはもう一度、黒板をにらむ。そして、気付く。


「……が同じ数だから、もう一回どっちかに決めないと。あれ、数が合わない。一人足りない?」


 首をひねりながら相川君が見ている黒板には、すでに正の字が書かれている。手をあげた人数を数えるためのアレだ。

 ぶわっと、急に体中に汗が出る。

 どうしよう。どうしよう。全然気が付かなかった。


「だれか、手あげてない人~」


 相川君が呼んでいるのは、わたしのことだ。言った方がいいだろうか。わたしが手をあげて名乗り出ればいいだけだ。でも、言わなきゃわからない。今、手なんかあげたらみんなに注目されてしまう。そんなのはずかしい。でも、わたしが何か言わないと話が進まない。


「はーい。長尾ながおさんがあげてませーん」


 わたしは、ばっととなりの席を見る。わたしの代わりにとなりの席の小林こばやし君が手をあげている。

 長尾というのはわたしのことだ。長尾真衣まい、それがわたしの名前。わたしが手をあげていないことに気付いていたらしい。


「あー、長尾さんかあ」


 相川君が言った。

 顔がぎゅーっと熱くなって、わたしは下を向く。

 わかってたみたいな言い方。さっきまでは誰かわからないって思っていたみたいなのに。わかったとたんに、やっぱりわたしかって思っていたような言い方。


「じゃあ、長尾さんはどれがいいですか」


 クラス中がわたしのことを見ているみたい。顔をあげられないけど、きっとそう。わたしがどれに決めるか、みんなが待っている。

 こういうときって、声を出すにも勇気がいる。変な声になったらどうしよう。つっかえたらどうしよう。

 考えれば考えるほど、声が出なくなってしまう。


「また処理落ちしてる」


 隣から小さく、小林君の声がする。

 また言われた。また。

 目の前が、白い。

 決めなきゃ。決めなきゃ。

 はやく。はやく。はやく。

 そう思えば思うほど、何も考えられなくなる。

 もう、帰りたい。

 でも、どれにするか決めないと。

 わたし、どれにしようと思ってたんだっけ。なんでもいいから言わなくちゃ。

 そうだ。劇。劇が楽しそうだなって思っていたんだっけ。


「……っ。劇。劇がいいと、思いま、す」


 下を向いたまま、声をしぼり出す。

 言えた。

 終わった。

 これで、誰ももうわたしのことなんか見なくなって、話が進むはず。

 カシっと音がする。佐藤さんが黒板に一本の線を書いている音だ。


「学習発表会でやるのは劇に決まりました」

「え」


 思わず、小さく声が出た。

 わたしは黒板を見る。黒板に書かれている正の字は、劇とダンスがいい勝負をしていて。一本だけぴょこんと、劇の方が飛び出している。まるで付け足しをしたみたいに。

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