1 妹は悪役令嬢⑥

 言われて思い当たったことがあった。ユリシスには侯爵家の娘である婚約者、アンジェリカ・リンドールがいるのだが、彼女はイザベラを毛嫌いしている。それにイザベラの婚約者である第一王子も、イザベラには冷たい。もし、それがイザベラの悪評によるものだとしたら……。

「俺の……せいだな」

 ユリシスは髪をき乱し、これまでの己の行動を反省した。早くに両親を亡くしたことで、ユリシスは公爵家を守ることに心血を注いできた。その間、歳の離れた妹に手をかけなかったのは間違いようのない事実だ。にイザベラの教育を任せ、自分はほとんど関わってこなかった。父母を亡くし哀れに思い、イザベラのわがままを何でも聞いていたのも原因のひとつだろう。

「公爵様。まだ取り返しはつきます」

 ショックでうつむいていたユリシスを勇気づけるように、イザークが言う。

「公女様はもうすぐ十六歳。アカデミーに入る前なら、矯正可能だと思います。先ほど悪役と言いましたが、アカデミーに入ることで、悪役令嬢……いえ、破滅への道筋が出来てしまうんです」

 イザークにそう言われ、ユリシスも気を取り直した。間違いがあったなら、それを正さねばならない。イザベラは根は悪い子ではなかった。父母が生きていた頃は、可愛い妹だったはずだ。

「そうだな……。それで、もっと詳しく聞かせてくれ。何故イザベラが処刑され、俺が反旗を翻すんだ?」

 肝心の部分を知ろうと、ユリシスは身を乗りだした。

「はい。お教えします。そのようにして育った公女様ですが、アカデミーに入り、魔法の勉強をなさいます。アカデミーには一年先に入学した第一王子がおられます。王子は公女様に冷たく、性格の悪い彼女を毛嫌いしています」

 第一王子に毛嫌いされていると言われ、ユリシスは内心腹立ちを覚えた。可愛い妹を嫌うなんて、第一王子といえども許せない。

「公爵様、お怒りはもっともですが、最後までお聞き下さい。王子は派手なメイクとか髪形の女性が好みではないのです。王子の好みはせいで男を立てるような女性です。アカデミーには聖女候補の平民出の女性も入学します。この女性は王子の好みドンピシャの清楚で男を立てる系です。公女様も聖女候補となりますので、二人はライバルというわけです」

「待て。イザベラは魔力が少ないぞ」

 聞き捨てならなくて、ユリシスはイザークを止めた。イザベラは小さい時に神殿に行っており、水魔法の素質はあるが、魔力が少ないと判定されている。聖女になるのは水魔法の治癒魔法にけた者か、光魔法の素質がある者のみだ。

「はい。実は公女様は水魔法の治癒魔法が少しお出来になるのです。それが最初の試験で明らかになり、聖女候補になりました。魔力は少ないのですが、権力を用いて聖女候補に名乗りを上げます」

 イザベラに治癒魔法が使えると知り、ユリシスは驚いた。水魔法の家系なので、ありえない話ではない。水魔法を極めて上位魔法の氷魔法を使えるユリシスだが、治癒魔法に関してはまったく使えない。昔、師から治癒魔法だけは回路が違うと言われた。

「もう一人の聖女候補ですが、光魔法の使い手で、平民出ですが優しく可愛らしい女性……という設定になっております」

「設定って何だ」

 ついユリシスが突っ込みを入れると、イザークがせきばらいする。

「すみません。会ったことはありませんが、そういう女性というのを知っているだけです」

「なるほど。予言の力で知ったというわけだな?」

 ユリシスは感心して言った。光魔法を使える者は希少な存在だ。聖女になるのも頷ける。

「ともかく、そういった娘がアカデミーに現れ、第一王子の心をきます。いえ、実は射貫くのは王子だけではなく、他にも四人ほど恋のお相手になる可能性がある者がいます。そのうちの一人が、公爵様です」

「は?」

 ユリシスはつい笑ってしまった。

「何で俺が妹ほど歳の離れた娘と恋に落ちる? 俺のような嫌われ者を好きになるわけがないだろう。第一俺にはアンジェリカがいる。平民出の娘と恋を語るほど、己を見失ってはいないぞ」

 ユリシスが笑ったのも当然だ。パーティーに出席するだけで目の前に開けた空間が出来るほど嫌われているのだ。そもそも公爵家を継いだ自分は、それにふさわしい家格の女性を迎えなければならない。アンジェリカは侯爵家の令嬢で、家格的に申し分ない。

「その娘が公爵様ルート……いえ、公爵様を好きになった場合、アンジェリカ様との婚約は破棄されます。意味が分からないと思いますが、その場合、その娘を気に入らない公女様とアンジェリカ様が結託して彼女をいじめたり暗殺しようとしたりします。恋に落ちた公爵様はそれに怒り、二人を国外追放処分にさせます。その娘が公爵様にれた場合、枝分かれの人生がいくつかございまして、そのうちのもっとも危険な人生が、王子とその娘を争う場合です。あと公爵様は嫌われてなどおりません」

「…………」

 ユリシスは滑らかに動くイザークの口を冷めた目で眺めた。予言者ということで真面目に聞くつもりだったが、話がこうとうけいになってきた。

「王子と争う場合、国王とも対立して、公爵様はこの国自体を乗っ取ろうとなさいます。このルートの分岐が結構大変で……。国王が腐敗していると憤った公爵様は、クーデターを起こそうとする一派と知り合い、彼らと結託して君主になります。公爵様には王家の血が流れておりますので……それが可能だったわけです」

 誇大妄想としか思えない話を聞かされえていたユリシスも、イザークに王家の血と言われ、目をみはった。

「何故それを知っている? お前はそれを知る立場にないはずだが」

 ユリシスの声がぴりついたのも仕方ない。ユリシスの祖父は王弟だった。だが、王家の血筋というと現体制を脅かす危険性があるので、婚姻はあまりおおっぴらに公表されなかった。ユリシスやイザベラに王家の血が流れているのは、古参の貴族は知っているが、表立って言ってはならないことになっている。王子の婚約者にイザベラが選ばれたのも、王家の血筋を引いているのが理由の一つだった。貴族ならまだしも、イザークのような平民出が知る由もない話だ。

「公爵様。私は予言の力で知っていることが多いのです。この先の運命はいくつにも枝分かれしております。公爵様が君主になる場合、今日お会いになった氷細工師の男がクーデターを起こそうとしている一派の者だとのちに分かります」

「あの男が!?」

 いきなり爆弾発言を受けて、ユリシスは絶句した。確かに妙に頭の回る男だと思っていた。第二王子の持っていたガラスの城の形容を知っていたのも怪しかったし、自分に恩を売ってきたのも意味があったのか。

「はい、彼は国王に恨みを抱いており、王家を滅ぼそうとしております」

 イザークが一段と声を潜めて言う。

「何ということだ……そのように危険な人物が王宮に出入りしていたとは」

 ユリシスが頭を抱えると、イザークが同情気味に見つめてきた。

「だが、いくらそういうやからと手を組もうと、現体制が揺らぐわけがないだろう。騎士団の強さは俺もよく知っている。俺の持つ私兵をすべて注ぎ込んでも、かなうわけがない」

 疲れを感じつつユリシスが言うと、イザークがため息をこぼした。

「はい。ですから、その場合、公爵様は魔族と知り合いになります」

「魔族ぅ!?」

 ユリシスが大声を上げたのも無理はない。南方には魔族と呼ばれるじんがいて、人間とは距離を取って暮らしている。魔族は魔法に長け、人より強い力を持っている。だが、日の光に弱く、聖女の結界の中には入れない。王国には現聖女が結界を張っている。この結界は魔物を遠ざける力がある。

「その魔族とは、氷細工師の男です。ガンダ国出身と表向きには言っております。そのお方には他にも複雑な設定が……」

「あの男が! 魔族!?」

 氷細工師の男の裏の顔が明らかになり、ユリシスはくらくらした。情報過多で処理できない。氷細工師は王家にあだなすために王宮に入り込んでいたのか。

「魔族が何故……、そうか、結界がほころんでいるんだな」

 思い当たる節があって、ユリシスは手を組んだ。現聖女は神殿にいるが、御年七十とかなりの高齢だ。年齢のせいで力が衰え、ユリシスの領地でも魔物が境界線を越えて村人を襲う事件が起きている。それもあって神官たちは新しい聖女候補を探している。聖女の作る結界がないと、魔物がはびこり、魔族が人に交じっていく。魔族は血に飢えた恐ろしい獣と言われているので、人々は恐れている。

「公爵様は魔族がすべて悪い者ではないと擁護し、魔族と共に生きていく王国づくりを目指します。これが一番私の好きなエンディング……いや、理想の人生ですね」

 どこか懐かしそうな顔でイザークが言う。

 概要を聞き終わり、ユリシスはどっと疲れた。これらがすべて予言だとしたら、絶望しかない。すべてを受け入れるのは無理だが、何となく理解できたことがある。

「つまり──俺がその娘に恋をしないで、イザベラもまともになればいいんだろう?」

 イザークがあれこれ言ってきたことを精査すると、危険な道には進まないほうがいいと判断できた。これらはすべて未来に起きる出来事なのだ。だとしたら、まだ回避する方法はあるはずだ。

「そうです。私としましては、まず公女様の性格を矯正なさるのをお勧めします。このままいくと、アカデミーで公女様が王子に嫌われるのは確定です」

 力を得たようにイザークが言う。

「分かった……いや、ちゃんと分かってないかもしれないが、ともかくざっくりとは理解した。頭が疲れた、今日はもう仕事は終わりだ」

 ユリシスはイザークを追い払うように手を振った。イザークは不安そうにこちらを見やり、しぶしぶ腰を上げた。失礼しますと去っていくイザークを見送り、ユリシスはふーっと大きな息をこぼした。

 悪役令嬢とかクーデターとか、魔族とか、君主になるとか……。途方もないほら話を聞かされ、頭が重い。ざれごとを抜かすなと笑い飛ばせればどれだけいいか。戯言と言い切るには、納得いく点が多すぎる。何よりイザークは五年の間、自分につき添って働いてくれた信頼できる部下だ。イザークに助けられた多くの出来事があり、今さら自分を陥れるとは思えない。イザークがいつ予言者として目覚めたのか知らないが、未来を知れたのは大きな財産だ。

(イザベラ……お前を絶対に守る)

 これから自分の身に起きる出来事や、妹の身に振りかかる災い、それらがすべてイザークの言った通り本当に起きる出来事なら、早めに手を打たねばならない。

 ユリシスはまんじりともせず、天井を見上げていた。

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悪役令嬢の兄の憂鬱 夜光花/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun

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