第4話
どんぶりが飛んで
借り手も無く、廃屋(はいおく)となっているラーメン店をドア越しに眺める
壁に直に書かれた「約束事」の文字。
その後の字は読み取れない
さて、繁盛していた頃の店の様子を思い起こしてみよう
この店は日本で知らないものが無いほどの有名店。
店主は、テレビ、雑誌で顔が売れている。
見た目は料理をつくる人と言うよりはその筋の人、・・・かな。
当然、おいしいので有名なのだが、経営姿勢がユニーク。
先ず店に客が来るとドスの利いた声で注文をとる。
もたもたしているとどんぶりの一つでも飛んできそうなので客はだいたい3秒以内に注文する。気の弱い客の中には注文の声は震えどもる客もいる。
客の注文も早いが出てくるのも早い。
客が並んでいるので素のラーメンさえ作っておけば具を載せるだけなので当然早い
物によっては1秒で客の前に出てくる
これは、テレビで話題となった。
自慢できることでは無いように思うのだが。
出てくるのがあまりに早いので客の中の一人が不安そうにカウンターの中を眺めるとそれを店主は目ざとく捉えて
「どうかしましたか」と睨みつける
客は即座に謝って、麺をすすりこんだが次ぎの瞬間店主の怒鳴り声
「のりから最初に食えと書いてあるだろう!」と壁を指す
「のりの次は麺、麺の次はチャーシュー、その次は・・・」とがなりたてる。
カウンターの客は全員緊張でからだを硬直させている。それでもこれが人気で列を作る。
店主はテーブル席にも目を向けて「ここは食事をするところで、べちゃべちゃ話すところではない、私語は慎むように!」と声を大きくする。
この30坪の世界ながら、どこかの将軍様のようである
しかしおいしければ客は付いてくるのである。
それにしても、初めての客は、壁の約束事を見ながら食べなければならない
間違えると罵声が飛んでくる
客の頭の中には、海苔と麺とモヤシとチャーシューが踊りまわっている。
味がまったくわからない状況にある
「これは料理の問題ではなく人権問題ではないか」と、ぼんやり考えていたりすると「何、ぼんやりしているの、お客さん!」と言われてしまう。
この店主は、料理もうるさく口もうるさい。
またこの「うるささ」が売り物なのである。
店主の怒鳴る姿を気に入っている客だけが何度も足をはこぶのである。
しかし何度も何度も怒鳴られてよい気分になるわけも無く客は次第に離れていった。
見た目の怖いやつほど内面は弱いと言うが
店主もその例に漏れず一転して客に優しくなった。
「いらっしゃいませ今日は良い天気ですね」と言うものだから。
知っている客は気味悪がって逃げ出してしまう。
そうしてまた客を減らした。どんどん客の減る事に驚いて元のやり方に変えた。
久々に、店主の怒鳴り声が店内に響いたが、
今度は客のほうがキレてどんぶりを投げ飛ばした。
どんぶりが飛んで、この店は終わった
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