過集中線

小狸

短編

 ある休日のことである。


 仕事は土日が休日だけれど、毎週平日怒られて疲弊するので、土曜日はほとんど動くことができない。


 私にとって休日とは、日曜日だけを示す。


 仕事では同じミスを何度も、繰り返してしまうのだ。


 それでも何とか食いつこうとして、何とか評価されている。


 同期の人々は、既に私より昇進するか、別の部署に異動になっている。


 私だけが、残っている。


 そこに焦燥が無い訳では無い。


 だから役に立とうと思う――思えば思うほどに、空回りする。


 上手くいかない。


 そしてミスをする、怒られる。


 怒られると、死にたくなる。


 後悔はしなくて良い――反省をしろ、と言われる。


 どちらも同じではないか、と思う。


 何より衆目の前で叱責されたことによる緊張で、反省とか後悔とかそれどころではないのだ。


 「怒られ」が発生した。


 気をつけよう。


 そしていくつか「気を付けよう」の項目が増えてゆき、頭の処理能力が追い付かなくなる。


 この感覚を理解していただきたいが、残念ながら私にはそれを言葉にする能力がない。


 言葉に――する。


 自分の気持ちを、うまく表現できないのだ。


 逆に、どうして周りの皆は、普通にできているのか、不思議でならない。


 部活でも、サークルでも、クラスでも、私はいつでも何かがズレていた。


 そのズレを、悟られないように隠す。


 そしてその隠そうとする行動でもうバレるのである。


 ああ、この子は、そういう子だから、と。


 そういう子。


 私はそんな集合にまとめられてきた。


 就職活動も、とても苦労した。


 大体一次面接で落とされる。


 ――御社の志望動機は何ですか。


 ――御社まではどうやって来ましたか。


 ――1分間で自己PRをして下さい。


 そこまでなら良い。


 私は要領が悪い、だから、就活の面接のいろはの本を何冊も購入して、あらかじめ用意はしてきた。


 しかし企業によっては、それ以外、つまり、面接対策本に掲載されていない質問が来ることがある。


 勿論、対応することができない。


 どもる――というか、え? となる。


 頭に質問が入ってこなくなる。一瞬で用意していた事も、積み重ねてきた予習も、全てが吹き飛ぶ。


 あとは、グループワーク。


 あれも駄目だ。

 

 集団でいると、私は絶対に悪目立ちしてしまう。

 

 役に立とう、目立とうとするのが良くないのは理解している。それでも、ここに受からなければという思いが、私の身体と口を、勝手に動かすのだ。

 

 一体何度、「お祈りメール」が届いたのか、定かではない。

 

 何とかしがみついて一社だけ入社することができた。

 

 ブラックというほどではないが、いつも私は「怒られ」の対象である。

 

 怒られ、怒られ、怒られ、怒られ、怒られ。

 

「怒られ」の無い日は無かった。


 しばらくして上司の方が鬱になり、休職してしまった。


 今、私を怒っているのは、新しい上司である。


 申し訳ないと思う。


 でも、私は、何も悪いことをしていない。


 ただ、間違えているだけなのだ。


 それを訂正する、修正する、というのは、上司の正しい在り方ではないか。


 ならば、鬱になった上司の方が、間違えているのだ。


 社会からはぐれた方が、悪いのだ。


 そう思うことにして、前の上司のことを、私は忘れた。


 日曜日、午前中はほとんど身体は動かない。平日の疲れが残っているのかは定かではないけれど、目が覚めているのに、身体が言うことを聞かないのだ。起きているのか、寝ているのか分からない、境界線が曖昧な時間が続き、そして正午を過ぎると、ようやっと身体が言うことを聞く。


 寝間着から着替えて、歯磨きをして、食事をとって、また歯磨きをし、洗顔する。


 化粧水と乳液を付ける。これは母から教わったことだ。


 このルーティーンを崩すことはできない。


 絶対にしなければならない。


 肌は綺麗に保たなければならない。きちんとしなければならない。社会人なのだから。母から強く言い聞かされている。


 そして食器を洗い終えた後、私は寝ていた布団を片付け、カーペットを敷いて、ぼうっとする。


 ぼうっと、だ。


 何もしない。


 何も考えない。


 部屋は、普通に生活する限界が来るまでは掃除はしない。


 風呂も、トイレもだ。


 だって、別に誰も来ないから良いだろう。


 排泄、入浴にも一つ一つルーティーンがある。


 これから外れるのは嫌だ、と思う。


 そうしなければならない。


 外れるのは、上司から怒られることより嫌だ。


 そうして、いつの間にか夕刻になっていて、また食事と入浴のルーティーンを行う。


 時折入浴後、髪を乾かすのと化粧水を塗るタイミングを間違えてしまう。


 間違えた時、私は頭を掻き毟る。


 信じられないくらい、自分を責める。


 どうしてこんなことすらできない?


 どうしてこんなこともできない?


 どうしてなのだ?


 蓋をしていた――抑圧していた感情が一気に溢れ出てきて、ぐちゃぐちゃの汗だくになる。


 そういう時には、もう一度風呂のルーティーンを行う。


 勿論、正しく。


 頭を掻き毟る時に出血しないように、爪は短めに切るようにしている。


 そしてそのまま、やるべきことを行い、早めに寝る。


 睡眠欲は、異常にある。


 こうして。


 私の休日は終わる。




(過集中線――了)

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過集中線 小狸 @segen_gen

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