第20話 バカにされたら反省します

 人肌の温もりで目が覚めた。

 ギョッとする。

 うわー、ヤバい。なにも着てないって。

 急いで服を探す。せめてガウンだけでもぉ。

 ガウンを羽織ったところで後ろから襟首を引っ張られる。うぐっ、首が締まるじゃないの!

「⋯⋯もう少し」

「え?」

「人肌って久しぶりなんだ」

「え!?」

「滑らかで気持ちいいだろう?」

「えぇぇッ!?」

 騙された! どおりでこっちの要求通り、いつまでも待ってくれたはず! 初めてじゃないなんて!

 初めてじゃないなんて! 命返せ~!

「嘘だよ。そんなに叩くなよ。昨日だってちっともスムーズじゃなかったじゃないか」

「⋯⋯そんなのわかんないよ」

「何事も練習あるのみだよな。幻滅されないように練習しないと。⋯⋯する? 今から」

「しない、しない、しない! バカー!」


 この人には一生勝てない気がする。


「まぁ、とりあえずこっちに来いよ」

 なんて言われて、半信半疑でするりとベッドに滑り込む。⋯⋯腕枕なんて、されたことあるかな? 師匠になら⋯⋯?

 あ、またこんなところであの人のことを思い出すなんて、わたしってバカだなぁ。急にセンチメンタルな気持ちになる。

「なに考えてんの?」

「うーん、今までに起こったいろんなこと?」

「いろんなこと、ねぇ」

 ラカムは急に黙ってしまい、広い寝室にひとりぼっちのような気持ちになる。

「なぁ、いつになったら越えられる?」

「え?」

「なんでもない。忙しくなるからもう少し寝ておきなさい」

 ポンと頭を叩かれてシュンとする。

 あー、なにもかもバレバレなのかぁ。ラカムはごろんと寝返りを打って背中を向けた。

 なんで心の中が読めるのよ? 魔法使いでもないのに――。


 ◇


 城の中のいろんなことが回るようになってから、わたしはまず令嬢たちをティーパーティーにご招待した。

 ちょーっと山の上にある城なので、令嬢たちには申し訳ないと思いつつ招待状をしたためた。

「クラッシックで美しい城ですねー。特に湖に面してるなんてロマンティックです!」

「そうですね、丁度いい季節ですし、今度はピクニックでもしましょうか?」

 いいですねー、という声が重なる。シャロンだけがツンとしているので悪目立ちしてる。どうしたら仲良くなってくれるかなーと考えても、いい考えが思い付かない。


 あ!

「そう言えばシャロン様、先日お兄様にお世話になったんです」

 彼女は見間違いでなければピクリ、と目を大きく見開いた。

「兄って、あの、どの?」

「何人かいらっしゃるんですね? ダニエル様と仰いましたわ。疲れてしまってバルコニーでひとりでいたところ、寒そうだからと上着を貸していただいたんです。お礼をお伝え願えますか?」

「⋯⋯二番目の兄です。バカ者としか申し上げられません。夫人の結婚式に夫人に声を掛けるなんて、もしも見られて誤解が起きたら、どうするつもりなんでしょう?」

 ⋯⋯シャロンの背中に青い炎がごごご⋯⋯と見える気がした。

「わたくしも失礼のないうちに帰らせていただきます。本日はお招きありがとうございました」

 プイッと横を向いた顔がほの赤かった気がして、彼女にもかわいいところがあるなぁと思う。


「シャロン様っていつもああなんです。みなさんと仲良くできないなんて逆にお気の毒ですね」

「まぁ! 世の中には内気な方もいらっしゃるので、シャロン様も実は内気な方なのかもしれませんよ?」

「いつも『失礼』なことをされていらっしゃるのに夫人は寛大ですね」

「失礼だなんて、そんなふうには」

 令嬢たちは顔を合わせた。

 みんな同じことを思っているようだった。


「シャロン様はともかく、お父上のキンダー侯爵は伯の悪口を言いふらしているともっぱらの噂です!」

「⋯⋯言わないようにしようと思ってたんですが、夫人はお知りになった方がよろしいかと思いまして」

「悪口ですって!?」

「ええ、⋯⋯あの、『平民からの成り上がり』というようなことをあちこちで吹聴して回ってらっしゃると父から聞きました⋯⋯」

 本当に内気なアイリが珍しく発言した。どうも、彼女自身、キンダー侯爵の発言が気に入らないようだ。

「こうも言っているらしいですわ! 『王女の影に隠れる卑怯者』! いつ伯がお隠れになったのかお聞きしたいところですわ!」

 気の強いミリアムの目はギラギラしていた。

 言われたことはムカつくけど、仕方のないことでもあった。なぜならわたしたちは政治に疎くて、内政さえ勉強中なのだから。

 アントワーヌも少しはベッドで勉強していたけれど、実際に帳簿を見たり、文書に目を通したりするのは思っていたよりずっと大変だった。絵本ではないのだから。


 ――でも! 言われっぱなしではいられない。

 わたしたちで元王国領としてあった領地を豊かにする義務があるんだ。

 こんな陰口を叩かれるくらいなら、王都から助っ人を呼ぼうと、パーティーの後、急いで羽根ペンを手に取った。伯爵家の女主人としての仕事は王女のように飾りでいるだけでは済まない。

『親愛なるマギー』。またわたしを助けてくれないかしら? ろくに歩けなかったわたしを踊らせたように。魔法をかけて。

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