エピ3 ひとりデートをしているのは……


 階段を一段一段上る度に、あの頃を想い出す。

 ちょうど今みたいにひぐらしが鳴いていた……。


「カナカナカナカナ」


「おっ、ひぐらしの鳴きまねかい」


「ええ、ってコッソリ聞かないでよ、清彦さん」


「ごめんごめん、でも惜しいな~~」


「何がですか?」


「蜩はよぉ~~く聴くと、泣き声は微妙に違うんだよ」


 そう言われた私は、耳元へ手を添えると、瞳を閉じて聞いてみる。


「う~~ん、私にはカナカナとして聞こえないけど?」


「そんなこと無いよ、深呼吸をしてからもう一度耳を澄ませてごらん?」


 私は彼に言われるがままに、呼吸を深く吸い込むと、もう一度さっきと同じ動作をし、蝉の鳴き声に耳を澄ませた。


「マユマユマユマユ、マユマユマユマユ」


 ぷっ、可笑しくて思わず大笑いしてしまった。


「もぉーー清彦さん、そんなことがしたくてもう一度っていっ……」 


 この人は卑怯で狡猾だ。

 私が油断しているその隙に唇を奪うなんて。



 カナカナカナカナ カナカナカナカナ カナカナカナカナ



 ━━繭、今度の仕事が終わったら、結婚しよう



 カナカナカナカナ カナカナカナカナ カナカナカナカナ



 私がまだ返事を返してもいないのに、それだけ言うと彼は仕事先へと向かってしまった。


「はあはあはあ、なんっで、よりによって、ふぅーーこんな所に有るのかしら」


 階段を上り切ると、そこには静かな空間が広がっている。まだ太陽が照り付けている時間だというのに、何故だかそこはひんやりとしている。


 唯一清彦さんがこの世にいないと認識できる場所。変にお付き合いが長かったせいか、あの人はここ以外なら、どこにでも姿を現す。電車の中はもちろんのこと、公園、花火大会、海辺、キャンプ場、お祭り会場、七夕、スキー場、クリスマスに初詣。


 ううん、それだけじゃない。どんな言葉や蝉のような虫でさえ、あなたは私の前に亡霊のように現れる。それが自分の脳がそうさせていることは分かってるのだけど。


 見切りをつけるつもりで来る場所なのに、此処に来る度に私は清彦さんのことを好きになっていく。


「そっちはほんとに、会いに来てはくれてへんのに……ウチはアホや」


 私はそう言いいながら、線香に火を灯す。

 今日は彼の命日。


「もうこれで最後にしとーとよ、来年はもう来ないけんね」


 今度こそ後悔させてやると、墓前で手を合わせ私は誓う。

 この日、彼の乗った飛行機は墜落した。


「結婚しようって、あん時清彦さんが言わんければ……ウチは」


 そう、いまごろ私はひとりデートなんてしていないと思う。きっと、他の素敵な誰かと家族を持っていたのかもしれないのだ。


 苔の蒸した階段を降りると、一台のタクシーが木陰で止まっているが見える。どうやら車内で彼は昼寝をし、わざわざ私が降りて来るのを待ってくれていたみたいだ。


 コンコン


 軽くノックすると彼はびくっとしたあと、むくっと起き上がり、その後車から出ると、わざわざ手動で車のドアを開け『どうぞ』と私を車内へと導いてくれた。


「涼しい〜〜わざわざ待っていてくれてたんですか?」


「いえいえ、特に新規の呼び出しもなかったんでね。暇だし、ここで昼寝をしていただけですよ、歳なんでね」


「そう、ですか」


「ところで、想い人には会えたんですか?」


「えっ、ええ……お陰様で。どうやら来年もひとりデートになりそうですけど」


「そうですか」


「ええ」


「よろしければ今から観光案内でもしましょう。あっ、でも地元でしたな」


「いえ、ぜひよろしくお願いします。お幾らくらい掛かりますか?」


「お代は結構ですよ、今日は私の奢りです。美人にはサービスってね」


「まあ、そげんなこと、奥様が聞いたら腹かいとーてもしりませんよ」


「あはは、大丈夫です。さっき、家内にはね許可は取って来ましたから」


「えっ?」


「私の妻もね、あの坂の上に居るんです。私がね、唯一あいつがこの世にもういないって……実感させられる場所、それが此処なんですは」


「そう……だったんですね、そうとは知らず」


「いえいえ、お互い様じゃないですか。今日はお互い、ひとりデートを満喫しましょう」


 今日このタクシーに乗れて良かった。

 ひとりデートをしているのは、どうやら私だけじゃない。


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こちらの作品をお開きいただきありがとうございます。


エブで既に公開の短編作品を公開することにしました。


この作品を気に入って貰いましたら、是非別の作品の閲覧も宜しくお願い致します。


◇事故なのに……。

https://kakuyomu.jp/works/16818023213589253927

※ライトな短篇BL作品


◇二千年後の初恋~First love 2000 years later~

https://kakuyomu.jp/works/16818023213299346451

※異世界と現実世界での年の差恋愛

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ひとりデート 立花繭子 35歳 独身 夢七夜 孤島(ムナヤ コトウ) @SashaBill

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