第九羽、ある意味で極寒的な寒さ
…――日が暮れつつある。ゆっくりと。静かに。粛々と。どんどんと寒さを増す。一応、カイロを用意してきた。けども、それすらも無力。吐く息が白い。寒い。寒すぎる。
「だろ。ミカン。やっぱ寒いだろ」
と章二が、また二の腕を両腕で包み込むよう抱えている。
「まあ、寒いね。でも、まだまだイケる。私はイケるよ?」
とか強がってみる。章二は残念だとガクリと肩を落とす。
でもさ。正直、手足の先が痺れて痛くなってる。無論、章二は歯の根が合わないほどまでに震えていて、しゃべるのも四苦八苦しているようだ。ときたまガチガチといった不躾な音を盛大に、かき鳴らしている。まるでロックバンドでのエレキギターのように。
うむっ! 大丈夫だ。まだイケる。私は風の子、天気の子だわよッ!
轟建設の埋蔵金発掘部隊は、いまだ発掘を続けていて煌々と明かりを灯している。なので、夜のとばりが降りてきても、足下は明るいしね。
うむっ! 負けてらんない。正義は勝つなのだよ。轟建設の諸君ッ!
兎に角。明かりの心配はないんだけど、ものっそ寒い。下手すれば雪が降ってくるかもしれないとも思う。もちろん、発掘に移る前、天気予報の確認は万全で今晩は晴れるとの事だった。だがしかし、どうにも雪が降ってくるような気になってしまう寒さだ。そそっ。轟建設の、あの不法かもしれない発掘作業を市へとチクる件だが、今日は止めた。時間が時間だし、私らが通報しなくても麓の住民が苦情を入るかもしれないから。ククク。お笑いだ、だわよ。自らの手を汚さず、目的を達成できるかもしれない快感はね。そういった感じで、暗殺・暗躍・暗算を手に入れた私は、笑う。嗤う。
「てかよ。それ、俺の案だから。俺のな。ミカンは、それに乗っかっただけだろ?」
うっさい。バラすな。章二の阿呆が。バーカ。
「まあ、ミカンに暗殺・暗躍・暗算は、まだ早いな。100年後に出直せ。ククク」
なんて格好をつけた謙一が口を挟む。まあ、飽くまで、ぐるぐる巻きなんだけど。
そだな。
うむっ!
両頬と両脇腹、両ももに貼るカイロをパチンという盛大な音を立て貼ってやった。
ククク。
これでも格好がつけられるのかな? 謙一よ。
「あったけぇ」なんて言いつつ、ほっこりしてる。ククク。お笑いだ。術中だわよ。
なんて私らが阿呆なコントを繰り広げていると、突如、闇の中から声が聞こえる。
「大変よ」
およ? 誰だ? この声の主は。なんというか、腐った人参と凍った大根のミキシングジュースの再来だわよ。誰?
「おお。西条寺じゃん。戻ってきたのか。てかよ。英輝の母親は無事だったのか?」
西条寺さん? いやいや、違う。違うぞ。章二よ。普通に騙される方が悪いとさえも言えるレベルでの声真似にもならない声質だぞ?
「ハアハア、ハア。大変なの。その英輝くんの事なんだけど。どうやら、それも謙一くんの暗躍だったらしくてさ。母、危篤の報はガセだったみたいなの。でもね」
危篤じゃねぇし。勝手に殺すな、謎の人物よ。章二、ソイツは怪しい。ものっそ。
うむっ!
薄暗くなった闇の中から聞こえる声。ダミー声と言ってしまえば、それまで、だ。
しかしながら、なんというか、ああん? コラ? とか言いだしそうな、やんちゃボーイ、もしくは地下に潜伏する根暗ボーイ的な絶妙なるダミー声なのだよ。そいつは。神経を逆なでする事にかけては天下一品とさえも言えるぞ。うむっ! そんな声が西条寺さんなわけない。キング・オブ・ヒロインなのだから。彼女は。
「ガセだって? 西条寺、それは本当なんか?」
だから、章二、その声の主は西条寺さんじゃないッ。騙されないでッ!
なんて思ってみても声が出ない。この怪しさ満点の声が持つ不可思議さに、のまれてしまって。しかも何故だか知らないけど章二はコロッと騙されていて、しかも、こんな時に限って私の心を読む事すら忘れてしまっているのだから。頼むよ。章二。
騙されないでくれッ! 正気に戻って。マジ。
本当に誰なの。このビックリドッキリメカは。
謎の声の主は、ふう、と一息をついたあと、謙一くんの部下、近衛七斤衆だったっけ? ヤツらが現われたの、と続ける。その後、一息をついてから、事故の報はガセだ。ゆえに吉川英輝のお母上は無事だ、と言われたとの事。近衛七斤衆にね。
まあ、今は、会話の内容など、どうでもいいのだよ。それより大事なのは、だね。今も章二と話している謎の声の主が、一体、誰で、どんな目的を持っているかだ。
「なるほどな。で、近衛七斤衆がココに戻ってくるとでも言いたいのか? 西条寺」
「そうよ。しかも今度は万全の状態でよ? つまり七人勢揃いでなのよ」
むむむ。
七斤衆が戻ってくるというのは聞き捨てならない。しかし、ソレは予想の範疇。私らに騙された事が発覚すれば謙一を奪還する為、戻ってくるのは、ごく自然の理。だから今更なわけだ。そんな事を如何にも大変な事だと言い放つのは偽物だから。私たちの気を引きたいが為の暗略に違いない。
しかし。私の危惧や心配などは、お構いなしとばかりにも章二は言葉を続ける。
「まあ、そうなるわな。西条寺。ある意味で予定通りだ。というか、だそうだぜ? ミカン。このまま、ここに残るのは危険だな。さて、じゃ、どうするかだが」
いやいや、本当に頼む、章二。あんた、いきなりチョロくなってない? ガマガエルとヒキガエルを足して二で割ったような声を持つ謎人物の言う事を信じちゃうの。もちろん声質だけの問題じゃない。言ってる事も正論過ぎて逆に怪しい。七斤衆が、謙一奪取の為、ここに戻ってくるという事は予測できてたでしょ。
それこそ、弐臣が怒るよ、よりも今更感が半端ないよ。騙されるなよッ! 章二。
謎の声は、何かを考えた風に間を置き続ける。
「そうね」
章二よ。
章二ッ!
騙されるな。そいつは怪しい。怪しいのよッ!
「今日は帰った方がいいかも。帰れば、一旦、リセットで謙一くんも解放しなくちゃだから近衛七斤衆との衝突も避けられるわ。それに私たちは高校生だし」
高校生だから深夜徘徊で捕まるって言いたいのか。それも、また、ど正論過ぎる。ど真ん中にストレートを投げ込まれた気分だ。リアルな高校生は夜の九時くらいまでなら自販機の前で、その明かりを頼りに、たむろする事だってある。もちろんコンビニの駐車場で温かい缶コーヒーを飲みながらダベる事もあるんだよ。だから、あんたの言う事は、ただの、ど正論だッ!
世の中は理屈だけで出来てないんだ。理屈と感情が合わさって出来てるんだよッ!
そうだ。倫理と人情で出来てるんだ。クソう。誰なの?
私はソイツが居るであろう闇に飛びかかった。ヤミにかかるよ。きをつけてね。しょうじと言い放った地蔵の言葉が脳裏に蘇る。鮮やかにハッキリと。章二が笑う。地蔵も笑う。無論、ぐるぐる巻きの謙一もだ。
そして……。
ああ、そういう事だったんだ、と私は後から思い知る事になるわけだ。
ヤミにかかるよ、の意味も。そして、章二が、この胡散臭い西条寺さんの偽物にチョロくも騙された事も。その果てで、章二は、今回、結成した埋蔵金発掘チームから離脱する事になる。そうなのだ。遂に私は地蔵と二人きりになってしまうのだ。本当の意味での二人きりに、だ。
人質の謙一すらも消え失せ……。
ふふふ。
と、また地蔵が艶やかに笑んだ。
うむっ!
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