第三羽、極めて冷静で残酷な奴

「大変なのよ。大変なの。英輝くん。大変なのよッ!」

 うむっ。

 この魂の叫びは私じゃないぞ。

 兎に角。

 ゆみがとんでくるよ、なのだ。

 そうなのだ。私だけ、この発掘チームの中で、唯一、大事な事に気づいたんだ。ゆみやではなく、ゆみだったと言う事に。気づいた事を、そのまま地蔵が発した言葉に当て嵌め解釈してみれば、ゆみがとんでくるとは弓の本体自体が飛んでくるという事になる。そんな阿呆でシュールな状況って、どんなんよ? と。それを章二や英輝、謙一に言おうと思った時、本当に、ゆみがとんできたのだ。

 どこからともなくね。うむっ!

 今、目の前には西条寺さんが居る。彼女も一年B組の一員〔クラスメイト〕だ。

「だから大変なのよ。ヤバいの」

 西条寺さんは、キング・オブ・ヒロイン。まさにヒロインとして生まれた女子。可愛さは100パーセント。愛らしさは120テラ。そして、0と1を同時処理する量子コンピューターの性能並みな性格の良さを併せ持つ。意外と女子にしてはコンピューターに明るい私が言うのだ。……間違いないぞ。

 クラスの誰もが西条寺さんこそB組のヒロインだと認めている。私だって負けてないんだから、とか漫画のようにも言いたいが、おこがましい。現実は、そんなもんじゃない。勝てないものは勝てないって分かってる。めっさ悲しいけど。

「まあ、俺は西条寺よりも……、あれ? しまった。ミカン、聞いてないよな?」

 今のさ。

 と章二が、なんか慌てふためいている。おもろいぞ。

 ククク。

「私は、今、改めて現実を考えてブロークンハートなんだ。ほっとケーキだわよ」

 タハハ、なんて、何かを誤魔化したような苦笑いを浮かべて後ろ頭をかく章二。

 兎に角。

 静寂を。

 寂静を保ち厳かな雰囲気さえ在ったココに衝撃が走る。西条寺さんのヒステリックな叫び声と対照的に佇み笑む地蔵の対比こそがソレなのだ。雪嵐が襲ってきたにも関わらずソレをものともしないロウソクの炎が太陽の肩代わりをしている。それでも周りの空気が凜と冷えて西条寺さんを包み、迎える。

「うん?」

 地蔵の動じなさも天晴れだが、英輝もまた動じない。

「西条寺さん。どうした。なにかあったらラインでって手はずになっていたじゃないか? それがどうして? ここまで来て伝えなくちゃならない要件なのか?」

 ハァハァ、と息を荒げて西条寺さんは前屈みで両膝に両手を添える。よほどの事なんだろう。こんなに慌ててココまでとんでくるなんて。

「英輝くん。大変なの。ヤバい」

「むむっ」

 語彙が死んでるな。それだけ緊急事態って事なのか?

 英輝は右人差し指と親指をアゴに添えて考え答える。

「どうしたんだ。まずは、ちょっと落ち着け。ほら、深呼吸でもして」

 西条寺さんは整った顔を歪ませて深呼吸をする。スーハーと大きく。英輝は、やっぱり優しく気遣いが出来る。西条寺さんの背をさする。優しく。てか、こんなに息がきれるまでダッシュって、本当に何があったの?

「ハァぁ」

 西条寺さんは、また大きく息を吐いたあと、謙一が支給してくれていたミネラルウォータのペットボトルを英輝から受け取る。天を仰ぐ。晴れ渡っていた冬空が、にわかに曇りだす。太陽からの恵みが遮られ、今だけココに帳が舞い降りる。

 ううん?

「分かった。不肖、長縄蜜柑、分かっちゃいました!」

「いや、ソレ、ここに居る、皆が分かってるから。俺でさえ理解してるんだから」

 なんて章二が言っているが無視だ。素無視であ~る。

 そうなのだ。分かってしまったのです。長縄蜜柑。西条寺さんは埋蔵金にまつわる民間伝承を調べる班に配属されていた。と言う事は、つまりだ。埋蔵金に関する何らかの情報を得たが、だだ、それが呪いなどが関わるような話で。だから。

「てか、呪いなんてない。強いて言うなら人の欲が架空のソレを創るんだろうぜ」

 私の心を読んで、私の推理に水を差す、章二の野郎。

 クキキ。

 うっさいわ。呪いなどよ。呪いに限定してないのッ!

 英輝も、埋蔵金に関する事だと分かっているのか静かに西条寺さんの次を待つ。謙一も。

「埋蔵金に関してじゃないのよ」

 ほへっ?

 いきなり、なに? 埋蔵金に関してだと、思い込み、考えていたから拍子抜け。

「そんな事よりも大事な事。英輝くん。君のお母さんが事故にあって病院に運ばれたの。事故の詳しい状況は知らないけど、街で聞き込みしてる時、耳にしたの」

 マジか!

「偶然にも民間伝承を調べていた時、導かれた運命みたいにも、その情報をゲット出来たの。もちろん、英輝くんのお母さんが事故にあったっていう情報をよ」

 じ、事故だってッ! 母親が。本当に、一大事だッ!

 西条寺さんは間を置いてから、また大きく息を吐く。

「ハァァ。真面目にビックリしたわ。マジ? でって」

 英輝、埋蔵金なんて掘ってる場合じゃないわよ。さっさっと病院に行け。早く。

「むむっ」

 慌ててる私とは、それこそ対照的に冷静沈着な英輝。

「まあ、僕のスマホに連絡がないという事は大した事故じゃないんだろう。僕に連絡するまでもないって事だな。それでも心配は心配だな。むむ。そうだな……」

 そうだなじゃないわよ。英輝、あんたの冷静さが裏目に出てるわ。早く行けッ!

 病院に。

「どうだろうか。僕は、一旦、発掘チームから離れるが、大丈夫か? 一応、リーダーという事になっているから無責任にも感じるが、離れてもいいか?」

 いいかじゃないよ。今更、正論を吐いてる場合じゃない。ここは感情先行よッ!

 黙れ、とっと行けッ! とケツでも蹴ってやろうか?

 章二が、やれやれだと苦笑いをしながらも言い放つ。

「黙れ、おでき。阿呆。とっと行け。ミカンも、そう思ってるぞ。分かったか?」

 と私の代わりに章二が英輝のケツを、ものっそ蹴る。

 パチン。

 なんて爽快な音が、この鍋敷き山の冬空に響き渡る。その様子を、やはり地蔵は微笑ましそうに見つめる。

「分かったよ。分かった。だからケツは勘弁してくれ。って、あれ? ……というか、そうか。そうだ。ケツだ。ゆみだ。ケツが飛んできた、だ。アハハ。違う」

 おろろ?

 だから、今は、そんな事を言ってる場合じゃないの。

「そうだ。ゆみがとんできたんだ! ゆみだよ。ゆみ」

 今度こそ本当に私がケツを蹴ってやろうかしらん。この冷静沈着野郎ってさッ!

「あれ?」

 と章二。

「そうか。フハハ。確かにゆみだな。ケツじゃない。しかも、とんできた。一大事なんだけどさ。こんな下らねぇタネ明かしされちまって笑いがこみ上げてきた」

 もう、本当に二人ともどうした。そんな事、言ってる場合じゃないの。事故よ?

 事故ッ!

 ただし、謙一は意味が分からないといった顔つきで憮然としている。章二が、分からないという私らの気持ちを汲み静かに西条寺さんに問いかける。

「西条寺さん、君の名、確か、優美だったよな。ゆみ」

「そうよ。それがどうかした。そんな事よりも事故なのよ。二人とも狂ったの?」

 ゆっくりと二の句を繋ぐ英輝。

「優美が飛んでくるだ。地蔵が言いたかったのは。しかも、曰く、驚かないでと続く。ならば事故は大した事がないと予想できる。まあ、オカルト的な見解だが」

「そうだ。オカルト的な話に過ぎないぜ。だから、もう一回、ケツを蹴ろうか?」

「勘弁してくれ。ケツが死ぬ。分かったよ。分かった。僕だって心配なんだ。病院に急ぐよ。後任は章二だ。君が、この後のリーダーをやってくれ。頼んだぞ」

「頼まれるまでもねぇ。俺が、きっかり埋蔵金を掘り出して独り占めしてやんからよ。安心して死ね。おでき。ケツ共にな。なあ、ミカンも、そう思うだろ?」

 だからさ。あんたがミカンゆうな。寒気がするわさ。そんな事より、話している時間だってもったいない。

「ささっと病院に急ぐ。英輝!」

 と軽くだけど英輝のプルプルおケツを蹴った。私は。

「うむっ。章二に蹴られるよりも悲しい。僕のケツは死んだ。今、間違いなくな」

「だから、そんな無駄口を叩くな。さっさと行けッ!」

 と私だ。

 そして、英輝は西条寺優美さんに引きずられて鍋敷き山での発掘のチームから離脱した。いくらか残念そうな顔をした章二が印象的だった。同時に、それでも微笑み崩さない地蔵が、少しだけ恐くなった。腹黒王子である謙一の思惑よりも……。

「まあ、でも、これで遂に地蔵の言葉が真実になったわけだ。ゆみがとんでくるという言葉がな。だったら埋蔵金の話も、それこそ信憑性がMAXってとこだな?」

 と章二。

 うむっ。ソレはいい。ソレは。……真実になったってやつね。それ以上に、これから先、章二がリーダーだと思うと頭痛が激しく、頭痛が痛いと言いたくもなる。いや、むしろ不屈の腹痛が襲ってきたとか言っておくか。いや、それ以上にザ・リーダーの英輝の離脱の方が痛い。英輝、頼りになるもんね。

「いやいや、俺だって頼りになるぞ? ミカン。普段は本気を出してないだけだ」

 むむっ。またまた私の心を読みやがったな。阿呆が。てかさ。

「緊急事態になっても本気を出さないのが、章二、あんたよ。分かってんだから」

「ほほう、そうだな。分かってんじゃねぇか。俺の事。良く。ただ、それでも愛想を尽かさないのが、お前だ。蜜柑。まあ、英輝には負けねぇ。リーダーの話な」

 およよ? 片仮名でのミカンじゃないぞ?

「どうしたのさ? 柄にもなく照れ笑いなんてしてさ。キモいぞ。章二のくせに」

「なんでもねぇ。飽くまでリーダーの話だかんな。今の負けねぇってのはよッ!」

「分かってるわよ。しつこいわね。それ以外、何があるのよ。キモいぞ。本当に」

 なんて私と章二がやいのやいのとやっていると謙一が乱入してくる。

「ククク。お笑いだ。夫婦漫才を見ているようだよ。案外、章二とミカンは合うのかもな。まあ、そんな事はどうでもいい。それより、これからどうする。章二」

 そうだな、と英輝を見習ったのかアゴに右人差し指と親指を添えて考える章二。

 うむっ。

 考えるふりだね。実は、何にも考えてないというのがオチだ。でしょ? 章二。

「考えるのは性に合わん。地蔵、またしゃべれ。そしたら丸く収まる。だろッ?」

 まあ、その通りだけど、そうそう都合良くしゃべってくれる訳ないでしょうが。地蔵は、しゃべらないからこその地蔵なんだ。そのアイデンティティの崩壊を招くぞ。むしろ、ここで、しゃべったら、それこそ埋蔵金の話が作為的だという証明になっちゃうじゃないか。マイゾウキンなんて言ってたんだから余計にもね。

「そだね」

 おおっ!

 また、いや、今度は英輝を除き、私と章二、謙一の口から歓喜の驚きが漏れる。いいの? 大フィーバーじゃないか。今回の地蔵。大サービス。ありがたいけどさ。本当に、それでいいの? 地蔵。というか、やっぱりか。片仮名でマイゾウキンなんて言っていた時点で怪しかったんだ。今回の埋蔵金騒動は、やはり作為的なものだ。ソコに、どんな意味が在るのかは分かんないけど、それでもこれでハッキリした。埋蔵金などないと。

 うむっ。

「じしんがおこるよ。気を付けて、……ミカン、章二」

 およよ? じしんが起こるは分かった。分かったが、謙一の名前はないのか、どうしてさ?

 当の謙一は、じしんがおこるという言葉に興味を惹かれたんだろうか、自分の名前が呼ばれなかった事を気にもしていない。いや、章二も、また謙一の名が呼ばれなかった不思議さをスルーしている。ヤツの場合は何も考えてない、だが。というか、じしんって、磁針なのか、自身なのか、時針なのか、果たして……。

「というか、またしゃべったぜ? ナイス。俺。言ってみるもんだな」

 というか、それこそ、なんにも考えてないでしょ? その答えはさ。章二め。

「ククク。ハハハ。お笑いだ。章二、慌てるな。まだ時期尚早。じしんがおこる事は間違いない。が、もう少しだ。あと少しの猶予が在る。だから落ち着け」

 今はな。

 およよ?

 謙一の口ぶり、何か知ってるの? まあ、聞いても答えてくれないだろうけど。

「てかよ。じしんってのは地震なのか。素直に考えれば、そうなるが」

 と章二。

「いや、多分だが、じしんがおこるは自信が起こるだ。地震が起こるなどという悲しい出来事は起きない。いや、起きてはならない。それが理だ。本当にな……」

 と謙一。

「まあ、そうだな。ストレートに考えれば地震が起こるだが、そんなのは悲しい。俺もな。だったら、やっぱりお前の言うとおりに、自信が起こる、なのか?」

 なんて言って章二と謙一が顔を見合わせて、互い、頷きあっている。

 あれれ?

 やっぱり、なにか知ってるの。謙一。地蔵からテレパシーでもきた?

「ともかく今は、まだ時期尚早。慌てる乞食はもらいが少ないってな」

 と謙一。

「そうだな。埋蔵金が無くても在っても、今は、まだ早いって事だろ? タネ明かしはよ。分かってんぜ。こんなにもワクワクするなんて思いもしなかったがな」

 と章二。

「だなッ」

 なんて二人は意味も無く意気投合したみたいで、互いの顔を見合わせて笑った。

 なんか、女子の私には分からない、男の浪漫的な? 何かが在るのか。むう。仲間はずれにされたようでワジワジー〔沖縄の方言でイライラね。TVで観た〕するわさ。まあ、男の浪漫的なものは、大抵、どうでもいい事だから良いけど。

 ふんっ! なんて拗ねてみても可愛くないけどね。私なんかさ。

「まあ、蓼食う虫も好き好きだよ。俺は、そんな事はねぇと思うけどな、ミカン」

 また心を読みやがったな。てか、ミカンゆうなって。

「ククク。お笑いだ。それこそ」

 

 なんて謙一が締めたのを尻目に、やはり地蔵は静かに佇み、にこやかに笑んだ。


 ふふふ。


 と……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る