第33話 花形職業

 お金はローリーさんの店で渡されたのだけど、

 店は立地も外観も素晴らしい。

 そして、中に入っても瀟洒で驚いた。


「私は商人ギルドの理事の一人でもあるんですよ」


 ローリーさんは大物だった。

 いや、単なる商人のトップというだけじゃない。


 以下は村長さんにレクチャーしてもらった内容。

 僕は山奥で修行していた、ということで、

 世情に疎いだろうと丁寧に教えてくれた。



 この世界には祝福というシステムがある。

 12歳になると教会にいき、

 『職業』を授かるのだ。

 その職業につく義務はないのだが、

 関連の職業につくといい結果を得られる。


 当然、人気の職業がある。

 華々しいところでは、剣聖、魔導師、軍師など、

 軍隊がらみは見栄えがする。

 しかし、これらは驚くほど人気がない。


 例えば、剣聖って典型的な花形職業に見える。

 でも、実際は?

 この世界での剣聖のイメージはこうだ。

 毎晩剣とにらめっこしてニヤニヤしているオタク。

 または眉間にシワを寄せて剣をふる修行僧。


 さらにだ。

 軍人関係というのは、戦争に従事するわけだから、

 死と隣り合わせとも言えるのだ。

 配偶者は心配でたまらない。


 だから、剣聖は尊敬はされるし、

 子供の頃だと大人気なんだけど、

 大人になると急に人気がなくなる。



 有名な職業には、聖女とか回復魔法士とかもある。

 これも評判が良くない。

 これらの祝福を授かると教会に囲われるからだ。


 早朝からお祈りをしミサをして患者の手当をする。

 一日中だ。

 教会関係者だから浮ついた生活は望めない。

 禁欲的な生活が死ぬまで続くのだ。


 聖女とかは普通の村からも授かる者がでる。

 周りは誉れだ、と騒ぎ立てる。

 しかし、聖女を授けられたものはげっそり顔だ。

 人生終わった、ぐらいに思っているのだろう。


 教会で清貧の暮らしが待っている。

 せっかく回復魔法が使えるのに、

 実は過酷労働で早死する、とも囁かれている。


 それに強い回復魔法はムリな人がほとんどだ。

 簡単な病気とか切り傷程度を治すぐらいが関の山。

 死に直結するような病気や怪我には無力なんだ。


 もし喜ぶとしたら、相当な貧乏人だろう。

 少なくとも毎日食事にありつけるだろうから。



 では、人気の職業とは。

 結婚相手に望む『職業』とは。

 間違いなくこうなる。

 第1に『商人』。

 第2に『農民』。

 十中八九、どちらかになる。


 何故か。

 この2つの職業を得て関連の職業につけば、

 ほぼ間違いなく金持ちが約束されるからだ。


 まず商人。

 商人は、100%マジックバッグが発現する。

 容量無制限または大容量。

 収納すると時間がとまり、腐ったりしない。


 食材っていうのは、たいてい腐りやすい。

 腐りやすい魚介類とか野菜の多くは

 地元でしか流通しない。

 あんまり商売にならないから、量も少ない。


 では、腐りにくいものなら良いのか。

 穀物。根菜類。塩漬け食品。干物。発酵食品。

 これらは代表的な腐りにくい食材だ。


 これらも、遠くから馬車で運ばれるとするならば、

 間違いなく高くなる。

 前世日本みたいに、僅かな手数料で全国津々浦々

 なんてことはないからだ。


 この世界は極めて道路事情が悪い。

 橋もあんまりかかっていない。

 盗賊や獣が出現する。

 馬車はのろい。

 遠方であるほど、食材仕入れ価格よりも

 運送費が高額になりやすい。


 つまり、市場に出回る食材は地元産が中心になる。

 その食材で地域の人々を養う必要がある。

 地元の食料自給力=人口なのだ。

 食材の生産量を越えて人口を養えない。


 これを一変するのが商人のマジックバッグだ。

 容量無制限または大容量のマジックバッグにより

 様々な新鮮な食材を流通させる。

 生産地はさほど問われない。

 商人が国力=人口を支えているのだ。


 商人にとって馬車とは宿屋であり、

 敵からの防波堤であって、

 荷物運搬の道具ではない。


 また、商売に興味がなくても、

 運送業や軍の兵站を担う、という手もある。

 いずれも高額の報酬が期待できる。



 商人が流通の花形であるのに対して、

 農民は生産の花形である。


 農民の職業を得られると、発現するスキルが凄い。

 開拓・開墾スキル(土魔法)。

 散水スキル(水魔法)

 肥料スキル(薬師)。

 収穫・製粉スキル(風魔法)。

 などの農業に必要なスキルが山盛りになる。


 職業『農民』がいるかどうかで、

 その地域の農業生産量は大きく変動する。


 土地の支配者たちは『農民』の確保に忙しい。

 (『商人』も)

 勿論、武力も必要だ。

 しかし、まずは経済力だ。

 武力は経済力が担保するのだ。

 係累に一人もいないのならば必死に

 『農民』の婿養子なり嫁なりを探してくる。


 土地の支配者だけではない。

 村に一人でも『農民』が出たら大騒動だ。

 何しろ、『商人』同様チート職業であり、

 レア職業なのだ。

 ほいほいと授かる職業ではない。


 村に一人『農民』がいるだけで村は活性化される。

 彼らが生存中は村の繁栄は約束されているのだ。



 だから、『商人』は街の代表者になりやすい。

 『農民』だと農村の代表者だ。


 ちなみにセリア街には領主がいるのだけど、

 領主は『商人』も『農民』も確保していない。

 ただ、武力だけはある。

 典型的なハラスメント領主だという噂だ。


 又、ローリーさんが商人ギルドの理事の一人、

 ということは、

 街の代表組織のトップの一人、という意味に近い。

 店の立地や建物の大きさから考えても、

 彼がこの街で強い発言力を持つのは瞭然だ。


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