第55話 大金
ギルド長はたっぷりと間を開けた後、机の下から大きな麻袋を取り出した。
静まり返ったことで、麻袋を机に置いた音が部屋に響き渡る。
「これが今回の剥ぎ取った部位を売って得た金だ。問題ないか中身を確認してみてくれ」
フーロ村にもお金の概念はあったものの、ほとんど意味を成していなかった。
俺がしっかりとお金を扱うのはビオダスダールに来てからであり、大金に関しては持ったことがない。
この麻袋に金が入っているのだとしたら、俺は生まれて初めて大金を手にする訳であり、ここ最近では一番緊張しているかもしれない。
一応、何ともない顔をして麻袋を受け取ったが、その重さで声が出そうになる。
「ありがとう。確認させてもらう」
俺は礼を伝えてから、言われた通りその場で麻袋の中身の確認を行った。
中に入っていたのは――大量の金色に光り輝く硬貨。
流石に白金貨は見えないが、それでもこの麻袋の中身が全て金貨という時点で凄まじいことなのは言うまでもない。
俺は震えそうになる体を無理やり押し殺し、ギルド長に話を伺うことした。
「こ、こんな大金を受け取っていいのか?」
「もちろん構わない。ベルセルクベアは非常に良い状態で残っていたからな。買い取ってくれた人も喜んでいたぐらいだ」
「な、なるほど。そういうことならありがたく受け取らせてもらう」
麻袋をホルダーに入れたものの、本当に落ち着かない。
物欲や金銭欲は少ないと自負していたのだが、こうして大金を貰ってしまうと動揺してしまうものなのだと身を持って痛感した。
「グレアムさん、いくら入っていたんですか?」
「分からない。とにかく袋一杯の金貨だ」
「き、金貨ですか!? な、何に使うんですか?」
「それも分からない。じっくり後で話し合いたいが……」
ジーニアも驚いているようだし、話し合ったところで良い案は出なそう。
無駄に時間を費やすことになるのなら、この場でギルド長に相談した方がいいかもしれない。
「ちなみにギルド長の話はこれで終わりか?」
「ああ。これで終わりのつもりだ。何か用があるなら行ってもらっても大丈夫だぞ」
「いや、この後に用がある訳じゃない。実は――ギルド長に相談があるんだが大丈夫か?」
「俺に相談? もちろん大丈夫だが……グレアムさんが俺なんかに相談することあるのか?」
「もちろんだ。さっき貰った金の使い道について色々と相談したいんだが大丈夫か?」
「金の使い道? 美味しい物を食べるとか良い武器を買うとかじゃ駄目なのか?」
ギルド長は心底不思議そうな表情を浮かべながら、そんなことを言ってきた。
まぁ普通の金の使い道と言ったらこういうことだろう。
「ああ。善行で得た金は慈善活動に充てようと考えている。何か良い案があれば教えてほしい」
「無償でヘストフォレストまで行って、未知の危険なまものであるベルセルクベアを倒したのに、まだ慈善活動をしようとしているのか? 別に売った素材くらいはグレアムさんが自由に使ってもいいと俺は思うけどな」
「……ちなみに私もそう思う!」
「二人の気持ちも分からなくはないが……。これだけ大金を貰ってしまうと、いずれ魔物素材を得ることが目的に変わってしまうからな。善行で得た金は一切手をつけない。これは俺がしっかりと意思を持って決めた」
「私はグレアムさんの意見に賛成ですよ!」
何なら、この初回だけで目的と手段が入れ替わりそうになっているからな。
これは善意というより、自制の意味の方が強い。
「分かった。そこまで意志が固いなら、これ以上は止めない。……それにしても慈善事業か。活動を行っているところを俺は何ヵ所か知っている。そこに寄付するという形が一番楽な方法ではあるかもしれない」
「いい寄付先があるなら是非紹介してほしい。全額寄付させてもらう」
「ただ、慈善活動を行っているというのを知っているだけで、実態の方までは俺もよく知らない。グレアムさんですら大金を前にしたら自制できなくなるのだとしたら、大金を寄付したら飛ぶ可能性や中抜きをする可能性が高いと思うぞ」
アオイはそんなギルド長の話に、何かを思い出したように手を叩いて話し出した。
「そういえば……ついこの間潰れた孤児院では、人身売買を行っていたって話だったよね! 表面上では慈善事業団体を謳っているけど、実際は酷い団体っていうのは結構あるっぽいよ! ほら、私が捕まった『不忍神教団』とかも同じじゃん!」
「確かにそうでしたね! 民衆からの支持を一定数得るために、炊き出し活動とかをしているって話でした!」
なるほど。慈善活動をしているから善ではない。
むしろ善を利用している悪が一定数いるのか。
フーロ村という小さい世界でしか生きてこなかった俺にとっては、色々と衝撃を受けるような話。
こうなってくると迂闊には寄付もできない訳で……。
善い行いをするというのも簡単ではないことを、身を持って思い知らされている気分だな。
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