第26話 練習台
全力で走ること約五分。
久しぶりに本気を出した気がするが、そのお陰で何とか前にいる冒険者達が死ぬ前に、レッサーオーガの群れを視界に捉えることができた。
そしてそのすぐ後ろからは、昨日も感じ取っていたオーガの群れの反応も感じ取れている。
数は二つの群れを合わせて八十体程度。
「何とか後方にいるオーガが合流する前に、冒険者達に追いつくことができた」
「……は、はひゃすぎ! し、死ぬかと思ったでしょ!!」
背中に乗っているアオイが俺の頭をポカポカと叩いてきたが、正直今は構っている時間がない。
まずは腕で抱えていたジーニアを下ろし、その後に背中にしがみついていたアオイも下ろす。
「ジーニアは大丈夫だったか?」
「は、はい。私は大丈夫れす!」
少し目を回しているようだが、ジーニアは自分の足で立つと剣を構えた。
あのレッサーオーガの群れを見てもやる気ということは、オーガが来るまではジーニアに戦わせるのもいいかもしれない。
とりあえず――前にいる冒険者達にここから離れてもらわなくてはな。
オーガがいる後方の本隊が合流したら、一瞬で殺されてしまうし庇いながら戦うのは避けたい。
「おい! 聞こえるか! 冒険者達はすぐに引き返してくれ! 後ろからオーガの群れがやってくる!」
俺は声を張り上げて忠告したのだが、誰一人として忠告には耳を貸さず、レッサーオーガの群れとやり合っている。
冒険者は合計で十二人。
恐らく四人パーティが三組いるんだろうが、対するレッサーオーガは四十体以上。
四体だけ倒すことができているようだが、交戦を始めて十分以上が経過しているのに四体しか倒せていない冒険者は本気でお荷物となる。
誰一人として殺させないためにどいてほしいのだが、俺の声は無視されているんだよな。
「これが最後の忠告だ! これ以上残るなら命の保証はできないぞ!」
そこまで発したことで、ようやく一人の男が俺の方を振り返ってくれた。
俺の顔を見るなり口を大きく開けて驚き、その後すぐに全員に聞こえるように大声を上げた。
「おい! 例の片腕のおっさんルーキーだぞ! ……ん、ぷっ、あーはっはっ! ルーキー冒険者が俺達に忠告だとよ! 舐められたもんだな!」
「あんまり構うな。最近Eランクに上がったみたいだし、調子に乗ってしまっている時期なんだろ。それよりもオーガの数が多いから集中しろ」
「ちょ、調子に乗っている時期! うっ、……かーはっはっ! 腹がいてぇ! おっさんなのに調子に乗っている時期って遅すぎでしょ! 笑って戦闘にならないからマジで帰ってくれって」
馬鹿にするように笑いだしたヒーラーの冒険者。
本当に帰ってやろうかと思ったが、馬鹿にされたぐらいで見捨てるのは流石にだな。
「む、むきー! なんなんですか! あのアホ面のヒーラーは! オーガじゃなくて私がぶっ飛ばしてやりますよ!」
「ジーニア、落ち着け。後方のオーガがもう見えてくる。余程の馬鹿じゃない限りは、そのオーガの強さが分かればすぐに思い知る」
本当ならオーガの本隊が合流前に逃げてもらいたかったのだが、危険が迫っていると分かっていないなら仕方がない。
多少の失礼には目を瞑り、俺はオーガの本隊が見えるまで少し待った。
最初に変化を見せたのは、冒険者達と戦っていたレッサーオーガの群れ。
急に戦うことを止めると、一方的に攻撃を受けながらも無理やり前進するように一気に押し上げてきた。
そんな変な行動を取り出したレッサーオーガにチャンスとばかりに攻撃した冒険者達だったが、薄っすらとだが奥から見えたオーガの本隊が視界に入った様子。
一目見ただけで、今まで戦ってきた魔物とは別種の怪物ということが分かる。
デカいだけでだらしない体型をしたレッサーオーガと対象的に、筋骨隆々の鍛え抜かれた肉体。
体もレッサーオーガの1.5倍は大きく、手に持たれた鋼のこん棒には様々な生物の肉片が付着しているのも分かる。
そんな後方のオーガの群れは基本的にレッドオーガで構成されていて、一番奥にはフレイムオーガの姿も確認できた。
「な、なんだ、この危険な臭いしかしない魔物は……!?」
「逃げ、逃げるしかない。で、でも、に、逃げられるのか?」
姿が見えてからあからさまに恐怖の感情を見せた冒険者達。
実力差が分かっている分、無駄に突っ込んでいかないだけまだマシなのは間違いない。
「だから逃げろと言っただろ。あれが本来のオーガだ。俺達の前にいる魔物はオーガと呼ぶのもおこがましいレッサーオーガだ」
「あれがオーガ……? あんな化け物み、見たことも聞いたこともないぞ!!」
「いいから逃げてくれ。戦いの邪魔になる」
「に、逃げろっていっても、後ろのオーガが邪魔して……」
振り返ってみると、攻撃を気にすることなく無理やり前進してきたオーガが今度は反対を向き直しており、通せんぼする形で構えていた。
レッサーオーガが足止めをし、その後ろからオーガの本隊が蹴散らす。
これがこのオーガの群れの必勝スタイルなんだろう。
レッサーオーガも俺が倒してもいいのだが、ここはジーニアに戦ってもらいたい。
オーガの本隊が来るまでは、あと数分の猶予があるしな。
「ジーニアとアオイ。後方に構えたレッサーオーガを二人に片付けてもらいたいんだが……無理そうか?」
振り返ってみるとアオイの膝は完全に笑っており、今にも腰が抜かしそうなほど震えていた。
他の冒険者も同じような状態になっており、腰が抜けて動けない冒険者も多数いる。
「ぐ、ぐれあむ! ほ、本当にあの魔物と戦う気なのか? ゴーレムを倒したのは見たが、命が惜しいなら絶対に止めておいた方がいい! さ、三人で、い、一緒に逃げよう!」
一人で逃げださず、三人で逃げようと提案したことは少し評価が上がるな。
ただ、元々あのオーガを倒すつもりで昨日の依頼も引き受けた訳で、アオイには悪いがここで逃げるという選択はしない。
「大丈夫だ。レッサーオーガの群れはもちろん、迫ってきているオーガの群れよりも俺の方が……低く見積もって百倍くらいは強い。だから、ここにいる全員決して動かないでくれ」
「ふふ、アオイちゃん安心して大丈夫ですよ! グレアムさんなら絶対に勝てますから! ということで、私はレッサーオーガと戦います! 指示は出してもらえますよね?」
「良かった。ジーニアは戦ってくれるか。……今回は一から十まで全て指示を飛ばす。くれぐれも戦っている時の感覚を忘れないでくれ」
「はい! 指示をお願いします!」
動けないアオイや冒険者達にはその場で待機していてもらい、俺はジーニアと共に後方に構えたレッサーオーガの下へと向かう。
先頭をジーニアに行かせて、俺は真後ろでいつも以上に正確な指示を飛ばすことに集中する。
「今回は何も考えなくていいから、俺の言葉だけに耳を傾けてくれ」
「分かりました! 私の操縦はグレアムさんに任せますね!」
俺を全面的に信頼してくれていないとできないことだが、さっきのやり取りで俺の事を信用してくれていると分かった。
これまでは一から十まで指示を出すのは良くないと思い、ある程度はジーニアの考えで動いてもらってきたが、一度くらいは最適な動きというものがどういったものなのかを体験してもらった方がいい。
レッサーオーガの群れという最高のシチュエーションを前にしているため、レッサーオーガ達にはジーニアの練習台となってもらう。
危ない時は魔法で助けられる準備だけは整え――俺はジーニアへの指示を開始した。
「体勢を低くして、正面のレッサーオーガに向かって突っ込め。そして俺の合図と共にバックステップを踏んでから、即座に右斜め前に滑り込む形で背後を取るんだ。三……二……一、今だ!」
正面のレッサーオーガが木のこん棒を振り下ろすタイミングに合わせてバックステップで回避させ、間を空けることなく背後を取らせる。
普段のジーニアなら回避した後に一息入れてしまうが、敵が攻撃した後は隙が生まれやすい。
流れるようなジーニアの動きについて来れず、完全に背後を取られたレッサーオーガ。
ここまで完璧に真後ろを突いてしまえば、もう何も怖いものはない。
「心臓目掛けて剣を突き立てろ」
ジーニアは俺の指示に即座に反応し、背中から剣を突き立ててオーガの心臓を捉えた。
ここで心臓を刺すことができなかったとしても、殺せたていで俺が魔法でトドメを刺そうと思っていたのだが、やはり目が良いだけあって完璧に心臓を突き立てることができている。
一体目のレッサーオーガはあっさりと地面に倒れたが、すぐに左右にいた二体のレッサーオーガが詰め寄ってきていた。
これは――上手いこと二体の攻撃を利用できそうだな。
「ジーニアすぐに集中。剣を抜いてすぐに攻撃に備えろ。俺の合図で後ろに二歩、右に三歩の位置に移動してから屈んでくれ。その位置に立ったら回避行動は取らなくていい。――いくぞ。……三……二……一。今だ」
二体のレッサーオーガが息を合わせたかのようにこん棒を振り上げたタイミングで、指定した位置にジーニアを移動させる。
立ち止まっていた標的が微妙に移動したことで、レッサーオーガは微妙に攻撃の向きを変えた。
攻撃を止めるほどの移動をした訳でもないし、もう既にこん棒は振り下ろされている。
移動したジーニアに向かって二体のレッサーオーガは狙いを定め直し、思い切り振り下ろされたこん棒は――互いに打ちつけ合うようにレッサーオーガ達にぶつかった。
まさに自爆といえる光景。
これを狙った訳だが、ここまで上手くいくと滑稽過ぎて面白い。
「す、凄い。必死になって避けなくても攻撃を躱せる上、ダメージも与えられるなんて……!」
「集中を切らすな。まだ死んでいないぞ」
気を緩めたジーニアに声を掛けてから、自爆した二体のレッサーオーガのトドメを刺させる。
これで三体のレッサーオーガを一瞬で倒すことに成功したが、まだまだ数が残っている。
今の調子でジーニアに指示を飛ばし、オーガの本隊が近づいてくるギリギリまで戦ってもらうとしよう。
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