閑話 ギルド長の激務


「はぁー、ギルド長になったってのに全然楽できねぇな」


 誰もいない静かな部屋の中で、疲れ切った中年男性の声が響いた。

 他の部屋と比べても広い部屋なのだが、書類の山が無数に積み上がっているせいで異様に狭く感じる。


 最高級の木材を使い、最高の職人が丹精込めて作ったであろう一級品の机も、大量の書類が積まれているせいで台無しとなっている。

 ギルド長が如何に大変な業務だということは、この部屋を見れば一発で分かるだろう。


 元A級冒険者であり、三十九歳の時に周囲から惜しまれながらも冒険者を引退。

 そこからは一切のコネを使わずにギルド職員となり、元A級冒険者の経験を生かした手腕によって、ギルドの長にまで一気にのし上がった――冒険者ギルド・ギルド長ドウェイン・エイクロイド。


 体力だけが自慢だったドウェインも、ギルド長の仕事量の多さには辟易とするほど。

 老いというのもあるだろうがまだ四十九歳。


 まだまだ老いたなんて言いたくない――そんなことを考えながら椅子にもたれ掛かっていると、扉がノックされた。

 扉がノックされるのは基本的に嫌なことしかなく、ドウェインは用件を聞く前から表情を歪めた。


 新たな仕事が舞い込んでくるか、何か大きなトラブルが起こったかのどちらか。

 どちらでも嫌なのだが、強いて言うなら前者の方がまだマシ。


「…………入っていいぞ」

「失礼します。こちら討伐依頼で納品された魔物の部位です。間違いがないか確認お願いします」

「はぁー。何度も言っているだろうが、こりゃギルド長の仕事じゃないだろ。誰か他に魔物に精通している職員はいないのか? 本気で過労死しちまうぞ」

「魔物の一部分だけを見て、どの魔物か判別できる人間がいないんです。元一流冒険者で冒険者ギルドで働いてくれる人を探してはいるのですが……」

「まぁ元冒険者で真面目に働く奴なんかいねぇか」

「はい。元冒険者だったギルド長に言っていいのか分からないのですが、冒険者は変な人が多い上に雑な性格をしていますので」

「完全に同意だな。……ッチ。てことは、もうしばらく俺がこの仕事をしなきゃなんねぇのかよ」

「すいませんがよろしくお願い致します」


 そもそもドウェイン自身が発案したことであるため、文句を言うことはできない。

 ドウェインが冒険者ギルドに入る前は、碌に討伐依頼の確認を行っていなかった。


 討伐の報告を誤魔化す者が多かったのを知っていたため、ドウェインが討伐した魔物の耳を持ち帰るという案を発案したのだ。

 その結果、冒険者たちは不正をすることができなくなり、ドウェインの評価が急上昇したものの……魔物の耳を見て判別する作業がドウェインにしかできないせいで、ギルド長になった今でも仕事が回ってくるという現状。


 何度か直接指導したことはあるのだが、耳だけを見て魔物の判別するというのはかなり難しいらしい。

 大きく息を吐いたドウェインは諦め、今日も討伐依頼の証拠である耳の確認作業を行った。


「魔物の耳ばっか見てると頭がおかしくなりそうだ」


 そんなことをボヤキながら、カゴいっぱいに入った耳を確認する作業を行っていると、明らかに魔物の耳ではない大きな麻袋があるのが見えた。

 知らずに頭ごと持ってくる冒険者がたまにいるのだが、今回もそれに該当するとすぐに察した。


「頭なら素人でも判別つくから、俺の前で弾いてくれと何度も言っているんだがな。あとで呼び出して説教だな」


 生首を見なくてはいけないことに億劫になりつつも、ドウェインは麻袋に入った頭の確認を行った。

 中に入っていたのはオーガの生首。


 大きさから大体の察しはついていたが、ドウェインはそのオーガの生首に何故か目を惹かれた。

 いつもなら本物と分かった瞬間に麻袋に戻し、処分する手順を踏むのだが、今回ばかりは吟味するようにオーガの生首を見ている。


「…………なんだこの生首」


 ドウェインがまず違和感を覚えたのは、死んだことに気づいていないようなオーガの死に顔。

 そしてひっくり返しして首の部分を見てみると、時空ごと斬り裂いたかのような接断面に思わず息を呑んだ。


 長年冒険者をやってきて、引退後もこうして冒険者ギルドに勤めて数多の冒険者と接してきたドウェインだが、こんな鳥肌の立つような切断面は見たことがなかった。

 そもそも断面をまじまじと見ようと思った経験すらなかったが、このオーガの生首は一種の芸術のような感覚でいつまでも見ていられる。


 もはやどれくらいの時間を見ていたか分からないが、ハッと気づいた頃には一時間くらいが経過していた。

 頭の中がぐちゃぐちゃで纏まっていない中、ドウェインはさっきのギルド職員を慌てて呼び出した。


「ちょっと来い! 話がある!」


 鬼の形相で呼びに来たドウェインに恐怖した様子のギルド職員に、まずはオーガの生首を見せた。


「このオーガの首に見覚えはあるか?」

「あ、あー……す、すいません! 頭は持ってくるなってことですよね。混ざっていたのを知らずにギルド長に渡してしまいました」

「それもそうなんだが、今はどうでもいい! それよりもこのオーガの頭に見覚えはるのか?」

「……? 見覚えはないですね。新人の職員が受付した奴だと思います」

「その新人をすぐに呼んで来い! このオーガの首を持ってきた冒険者を見つけたい!」


 溜まっている仕事を全て投げ出し、とにかくこのオーガの首を取った冒険者を探す。

 なんで探すのかはドウェイン自身も分かっていないが、強いて言うのであれば本能が探せと叫んだから。

 無茶苦茶ではあったが、ドウェインが本気なのを察したギルド職員はその新人を呼びに行こうとした時――受付嬢がノックもなしに部屋に入って来た。


「おい、今は忙し――」

「オーガの群れが近づいてきているとの目撃情報が入りました! 数は百匹近くで、その集団の中に見たこともないオーガが複数混じっているとのことです!」


 オーガの首を取った冒険者を探そうとしたところに、オーガの群れの接近。

 頭がこんがらがりそうになったが、ひとまず今やるべきことを冷静に挙げた。


 溜まっている業務の消化、オーガの首を取った人間の捜索、接近しているオーガの群れの対応。


 ドウェイン個人としての考えなら第一はオーガの首を取った人間の捜索だが、ギルド長としては接近しているオーガの群れを何とかしなければならない。

 人生で一番モヤモヤとした気持ちを抱えつつ、ドウェインはオーガの群れの接近に対する対策を練ることに決めた。



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