自分騙り

過言

私の後ろにいるのは誰なのでしょうか?

短い文章を書くと良いと聞きました。


なので今、私は紙とペンを持って、机に向かっています。百均で買った安いボールペンですが、この際値段は何でもいいのでしょう。

もしくは、モニターの前に座り、キーボードを拙く叩いている、ということにしてもいいでしょう。

なんであれ、私は、文章を書いています。

ところで私の後ろにいるのは誰なのでしょうか?


文章を書く、と言っても、私は書き物の得意な方ではないので、一体何を書いたらいいのか見当も付きません。

枕草子よろしく、好きなものでも挙げてみましょうか。

私は雨が好きです。特に、湿った空気の匂いを感じることが好きです。

なので正確には、雨が降り始める、けれども降っていない、晴れでも雨でもない数瞬が好き、ということになるのでしょうか。

それと、雨が地面に当たって弾ける、ぱちぱちとした音も好きです。しかし、傘を差していると、布地に雨が当たるぼたぼたという音に邪魔をされてしまって、なかなか聞こえるものではありません。

雨が降っています。私の両肩が、徐々に濡れていきます。室内でも、雨というものは降るものなのでしょうか。

きっと、降るものなのです。そう考えないと私は、恐怖で気が狂ってしまうでしょう。


雨の他に好きなものといえば、充分に乾かした直後の、さらりとした髪です。自他を問わず、そういう髪に触ることが好きです。もっとも私は一人暮らしなので、あまり他人の乾かしたばかりの髪に触れる機会というのは多くありません。

私の掌の上に、髪の毛が乗っています。どこの誰のものかはわかりませんが、ありがたく触らせていただくことにします。

ざらり。

あまり、私の好きな感触ではありませんでした。

湯ではなく、血にでも漬けた後に乾かしたのかもしれません。


書き始めると案外筆は進むもので、好きなものがどんどん思い付いて止まりません。宝石、それも特にルビーが好きです。別に、専門的な知識があって好きという訳ではありませんが、とにかくその赤い輝きを見ると、どこからか元気が湧いて来る気がするのです。

スタールビーという、ルビーの中でも特に珍しい、六本の線のような模様が見えるものを一目見てみたい、あわよくば手に入れたいというのが、私の人生の目標の一つだったりもします。

私の右目が、六本の線で裂けました。

視界が真っ赤に染まります。

ルビーは、赤色を一切含まない光の中でも赤く見えるらしいです。それならば、今の私の右目も、ルビーのようなものと言えるのでしょうか。

短い文章を書くと良いと、聞いたのに。私の書き物は失敗してしまったのでしょうか。


私は……私は、私の好きな食べ物は、あれです。

あれ。

あれ?

あれって何でしょう。どうやら、痛みで頭があまり回っていないようです。

少し、時間を取って考えてみることにします。思い出したら続きを書きます。

……

あ。

しまった。

私の好物は、心臓ハツでした。


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