ターン1-4:結城一馬
――この単位を落とせば留年が確定するからな。真面目にやらないと。
……とはいえ。講義が始まりそれから少し時間が経つと。
「一馬。今日の午後って何か予定がある?」
「いや、って言いたいけれど先約があるな。てかお前は就活があるだろ?」
互いに教授の長くてつまらない自慢話を聞かされて飽き飽きしてきたので、しびれを切らした遥が午後の予定について話しかけてきた。
「就活が終わってからでも良いでしょ?」
「会う約束があるんだよ」
「あたしに興味がないの?」
「おいおい。一歩でも踏み間違えたら大爆発するような導火線を投げつけてくるなよ」
「そう言い出したのあんたの方だし……」
俺の言葉で遥がそっぽを向いてしまった。
――只の約束のすりあわせくらいでこうもな……。
「言いたいことはあるが。今日は遙とデートする時間が無いのと、すこし迷ってるんだ」
目頭を押さえて頼み込んでみると。
「ぷっ、そこは普通にさぁ。女のあたしが戸惑って返事に困る所なんだけれどね」
静粛を意識しつつ、遥が小さく笑って俺をからかう。
「女々しいってか?」
「そうは言ってないわよ。でも」
……と言って彼女は……
「そういう所。あんたの気を遣い過ぎちゃうその、優しい性格に惚れちゃったのあたしはね」
――これまた何とストレートな口説き文句だ。まあ、冗談だろ。
「はぁ、いつか私が王子様と出会った時にでも後悔しなさいな。人生損したってね」
遙の視線が教壇に戻る。コツコツとシャープペンシルで顎をつつきながら、彼女は気持ちの整理を頭の中でやっている。
――その仕草はこみ上げてくる感情を抑えるためにやっているんだよな。
それを目の前で見せられると思うところはある。
――ごめんな遙。俺もこうして正直な気持ちを伝えられない立場にあるんだ。
今日もまた俺は彼女に本音を隠して嘘をつき半日を過ごすことになる。
――あずさとの契約がある限り。お前に愛してるさえ伝えられないんだ。
「もっと早く告ればよかった……タイミング悪すぎるだろ……」
そして今日もまた午後の下校時刻になると、キャンパス内の敷地内で歩きながら遥の事で後悔する。
「今日は調子が悪いから会えないって言い訳してもな……」
考え事してふと気づいたら秋葉原駅に前に着いていた。
――過集中しすぎたかな。
「……と、思ったがそうもいかないか」
予定だと午後14時頃。秋葉原の駅近くにあるコンビニ前で待ち合わせをする約束をしていた。
いつも待ち合わせている場所を遠くでみると。
「なぁ、良かったら俺と一緒にお茶でもしない? いいだろ?」
「んー、ごめんねー。私ねー先約あってさー構っていられないのー」
「んだよ連れないなぁ。美人の君を待たせる罪な男より俺の方が何倍もいいぜ?」
じーっと、彼女は話しかけてくる男に顔を向けずにスマホを弄り塩対応をとり続けている。
懲りずというか、ナンパするチャラい格好をした男は彼女の対応などお構いなしにしつこく絡んでいる。
「あいつにナンパするとか度胸あるな」
事実。普段のあずさは仮面を被るように表情を出さずにいる。
彼女は今、内面でイラッとして、面倒な奴に絡まれたと思っているはず。
――あずさのスマホを弄る指で察しろよアホが。
実際に彼女の親指はプルプルと震えている。
「おいおい無視しないでくれよー」
「喋るの疲れたし、あっち行って欲しいかなー」
さすがにダル絡みがすぎるだろうと思い、俺が仲裁に入る事にした。
「お待たせあずさ」
「あん?」
「あ、待ってたよー」
「なんか変な奴に絡まれてて大丈夫そ?」
「そうそう聞いて聞いて! そこにいる私のタイプじゃない男がさ。しつこくセンスのかけらもない三下特有の口説き文句でうざ絡みしてきているのー。ねぇ、助けてよー。あっ、ちなみにおまわりさん呼んでも良い?」
「なっ!?」
ナンパ男があからさまに動揺している。
さらにあずさは男に対して追い打ちをかける。
「あっ、そうそう。さっきからダーリンを睨むのは許してあげるけれどー。この人、うちの婚約者なんだよねー。言ってること分かる? 紙に書いてあげた方が判りやすいかな?」
――あっ、俺。この男にワンキルされるかも。
「まっ、マジかよ。て……めぇみてぇなオタクが……惚れた女の婚約者だと……? ありえない……」
――まあ、そうなりますよね普通に。
「ここから立ち去ってくれません? あまりしつこいと本当に助けを呼びますよ?」
自分もさすがにこれ以上はと思っての優しさで男に対応する。
「そのですねお兄さん」
手短に用件を伝えるだけでいい。
ここは娯楽と趣味の街として賑わう秋葉原だ。
地元民なりのローカルルールでみんなが各々に暗黙の了解で風紀を守り続けている。
揉め事や喧嘩をするのは許されない。
「そうだそうだ! 時代遅れのおっさんが。美人で可愛い、うちみたいなアイドルに対して。気安くナンパなんて出来るわけ無いじゃんって、思うんだけどなー」
「穏便に済ませたかったんだけれどなっ!? 勝手に相手の導火線に火をつけないでくれるっ!?」
「ぶっ殺す!!」
――そうですよねー。
まったく困った彼女だ。
「ダーリン。ほらギューッてしよ。ギュー!」
彼女の柔かな体躯が迫り、無限の幸福もたらす天使の抱擁を受ける。
「「あっ」」
あずさの作意に満ちた魅惑的な笑顔が俺にむけられており。
「好きっ!」
あずさの頬を赤くした表情(かお)が目の前に迫る。
――え、ここでキスするの?
……と、思いきや顔がすれ違い。
「騙された?」
彼女がイタズラ好きだったのを思い出す。
――女優顔負けだな。
とりあえず疑われて怪しまれないよう、あずさの背中に手を回してギュッと抱き返した。
「なんだかこうしてくれていると安心感あるね」
「……いまは喋らないでくれ。聞かれるとややこしくなる」
「なにごちゃごちゃ囁いてるんだよ! 俺をバカにしてんのか!!」
「ちょっと怖いかも……」
あずさが面を被るにも理由(ワケ)がある。
――俺が彼女を守らなければ。
ふとナンパ男が低温質の声色になり。
「……今日は人生で一番最悪な1日になっちまった……」
「なら、大人しくさっさと立ち去れよ」
彼女の事を守りつつナンパ男に言葉をかえすと。
「あぁ、何勘違いしてんだてめぇ? この北条孝(ほうじょうたかし)が恥じ掻かされて立ち去る分けねぇだろうがよぉ!!」
「はぁ? 女々しいかなーって思うけど……?」
さすがに素でもう我慢の限界に達したあずさがリアクションをした。
「うるせぇ、テメェなんかもう興味ねぇよ!」
「なら、お互い万々歳だし。それで解決でいいんじゃないのかなー?」
「そうはいかねぇ! 俺にも引けない男のプライドってもんがあるんだよぉ!」
……と言いつつ、北条孝がズボンの後ろポケットにある何かを右手で取り出して見せてきた。
「路地裏についてこい。さもないとここで痛い目にあうぞ?」
「どうせ、それを見せてきた時点で規則違反だぞ」
「ダーリン、もう警察呼ぼうよ」
「黙れっ!!!!」
《なにあれ?? 喧嘩??》
そろそろコンビニ前で話す内容じゃなくなってきた。
ガラスの隔たりのある店内にいるコンビニスタッフが心配そうにカウンター越しで見てきている。
「仕方が無い。一戦で終わると約束できるか?」
「いいぜ、てめぇをぶっ殺せたら満足だからよ」
*
話が落ち着き。俺とあずさは北条孝に連れられ、秋葉原では地元民でしか知られていない裏路地に場所を移し替えた。
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