2024年2月8日木曜日

2024年2月8日木曜日

 立ち寄った本屋にて、購入する商品を手に持ち、レジへ並ぶ。田舎の本屋は未だセルフレジが普及していないため有人だ。

 店員さんが少ないのか、二人だけでせっせと動き回っている。ちょっとした列が並んでいるが、僕は特別急いでいないもので気長に待っている。忙しなく回る店員さんの口の音を聞きながら大変そうだと思っていると、前列の高齢の女性が店員さんに向かって「急いでるから早くして」と言っているのを聞いた。

 嫌な客だ、ともやもやしながら女性と店員さんのやり取りを伺っていると、徐ろに店員さんがその女性の後ろを指差して「美智子さんお帰りください」と唱えた。僕は店員さんの指す先を見るが、誰もいない。女性の「なに?」「は?」と困惑気味の声が絶えずに聞こえてくるが、店員さんは変わらず「美智子さんお帰りください」と繰り返し言っているのだ。女性はきっと顔を青くしているのだろう。後ろに並んでいる僕には彼女の表情は見えないため、憶測でしかないが、彼女から発せられる声は段々と減っていった。

 その間は僅か1分足らずだったと思う。

 ずっと後ろを指差していた店員さんが、ニコッと笑顔になり「お会計は770円です」と口にした。女性は無言で会計を済ませると、そそくさと店を出ていった。僕は店員さんに聞いてみた。

「美智子さんって何者なんですか?」

 すると店員さんは「分からないんですよね」と微笑んだ。

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