「種の図書館」で枯れた領土に花を咲かせる
うみ
第1話 プロローグ 枯れた大地エルド
「イドラ様、なんだか寂しい感じの村ですね……」
「そうかな? 思ったほどじゃないんじゃいか? 大地が死んでいる、と聞いていたけど、緑はある」
馬車から降り「んー」と背伸びしながら俺について来てくれた犬耳の少女へ笑みを返す。
白いフサフサの犬耳に明るい金髪を真っ直ぐに伸ばした少女は俺の笑顔に少しばかり表情が和らぐ。
俺たちは馬車に乗って辺境伯領の中でも最も寂れた地域「エルド」にある唯一の寒村「エルドーシュ」に到着したところだ。
村の入口は通常来訪者を迎え入れる門があり、外敵から身を護るために村の周囲をぐるりと囲む柵がある。
エルドーシュも村の慣例に倣い門も柵もあるのだが、これならいっそ無い方がマシなんじゃないかという体たらくだった。
門の代わりに雨風を受け一部が欠け腐った看板、柵は杭がいくつか立っているだけで柵の体を成していない。元は柵だったのかもしれないけど、残っている杭も軽く蹴っただけで折れそうなほどになっているではないか。
「どうだい? 新領主様。エルド唯一の村の様子は?」
別の馬車から降りて来た枠の小さな丸眼鏡をかけた学者風の青年がおどけた様子で問いかけてくる。
彼はゆったりとしたフードの無い薄緑色のローブに白の手袋をはめ、手には分厚い本を持っていた。
彼が手袋を装着しているのは気障だとかそういうのではない。片時も離さぬ本のためである。
よくもまあ飽きずにずっと本を読むことができる、と思う。
「一応領主に命じられたけどさ……まあいいや」
「おもしろい反応だね。君は領都の筋肉しか脳にない貴族連中とはやはり異なる」
「ああいうのにはなりたくないな……」
「単に鍛えるのを嫌がっているだけだろ?」
「ジャノも、だろ」
「僕はいいのさ。なぜなら、僕だからね」
意味が分からないセリフだが、俺には分かってしまうところが少し悲しい。
彼は俺にとって唯一友人と言える仲だから、正直一緒に来てくれて嬉しいのだけど、面と向かって改めて感謝を伝えるのは気恥ずかしいんだよな。
それでも、村に着いたんだ。ちゃんと言っておこ――。
「クルプケさんー」
「もきゅう」
ぐ、言おうとしたところで少女の声で機先を制される。
馬車からずんぐりした犬くらいの大きさのもふもふが飛び出て来て、彼女が驚きの声をあげたのだ。
薄茶色の毛にネズミに似た顔をしたこの動物はマーモットと呼ばれる種である。
マーモットは土を掘るのが得意で、余り人には懐かない。俺のペットであるクルプケは別だけどね。
「シャーリー。行かせてやって。クルプケも初めての村で気合いが入ってるんだ」
「そ、そうなんですね」
「もきゅう!」
クルプケは俺の周りを回ってから藪の中に消えて行った。
シャーリーの手前、「気合が」とか言ったけど、単に初めての土地でどんな食べ物があるんだろうとなっただけだ。
彼らと入れ替わるように学者風の青年ジャノが口を開く。
「さて、イドラ。どうだい? 枯れた大地、君の力でなんとかなりそうかい?」
「ジャノ、君もよく知っているだろう。俺のスキル『種の図書館』を」
「自信有りだね。楽しみにしているよ」
「絶対大丈夫……とは言えないけど、見ていてくれよ」
「そこは絶対、と言うところだろうに。君らしいが」
「ははは」
自信がないわけじゃないさ。
エルド地域は枯れただの、呪われただの、言われているけど、こうして雑草も木も生えている。
植物が育つ地域なら恐れるものなどなにないさ。
心の中で念じる。
『発動「種の図書館」』
これまで俺の強化した種のリストがまるでゲームのウィンドウのように俺の前に出てきた。
俺にしか見えないメニュー画面。これこそ俺が生まれながらに持つ「種の図書館」の力だ。
小麦の成長力を強化した小麦+、病気に対する強さを強化した小麦+、そして貧栄養でも育つよう強化した小麦+、これらを全てかけ合わせ強化した小麦+++。
他にも色々な種を強化してある。強化した種は馬車に積めるだけ積んで持ってきており、これから植えるのが楽しみだ。
しかし、俺が不毛の大地とはいえ領主か。
まさか、こんなことになるなんて一ヶ月前には考えられないことだった。そう、当時母の看病をしていた俺にとっては――。
◇◇◇
「母様、お茶が入りました」
「イドラ、いつもありがとう」
薬草を煎じたお茶を母の元へ運ぶ。近頃母はベッドで寝ている時間が殆どになってきている。
母の部屋は貴族にしては簡素な部屋で、シーツなどの寝具、家具には装飾がなく貴族の部屋にありがちな調度品類も花瓶一本しかなかった。
一応、シーツや家具には上質な素材を使っているので全くお金をかけていないというわけではないのだが……。
それでも辺境伯の妻としては贅をこらさなすぎる。
俺だとて豪奢な部屋が好きなわけではないが、母は極端だ。ここまで簡素にすると侍女と変わらぬくらいになってしまう。さすがにメイドの部屋に比べれば……だけど、比べる相手が違うよな。
母は元メイドで辺境伯の寵愛を受け側室となった。
生来体が強い方ではなく、俺を産んでからますます体調が優れなくなっていく。俺が普通の幼い子供なら、良かったのにと思うこともあった。
俺には前世の記憶がある。前世は日本でサラリーマンをやっていた。若年性の病を患いあっさり亡くなってしまったのだけど、気が付いたら自分が赤ん坊になって抱かれていたんだ。
前世は母より先に亡くなってしまったので、今世の母は病気で亡くなった自分と重なり、心が痛んだ。
成長していくうちにこの世界には能力や魔法というものがあり、俺は生まれながらにして「種の図書館」という能力を持っていた。
天啓だと思ったよ。前世の自分にできなかった親孝行や病気の克服を、そして、この手で母を救えると!
「種の図書館」は一言で表すと「植物の種を魔改造」する能力である。
まっさきに思いついたのは前世の記憶から漢方薬だった。漢方は薬用植物を煎じて病気を治療したり、体調を整えてくれたりする。
俺は辺境伯の息子に生まれたことを活かし、この世界にもある薬草の種を入手した。そして「種の図書館」を使って薬草の種の薬効を強化したりしたわけだ。
「種の図書館」は薬草の種以外にも活用できるスキルであるが、目下俺の興味は薬草類にしかない。
薬効といっても外傷、風邪、胃薬など様々なんだよね。母の病にはどのような薬効を強化すれば良いのか日々奮闘中だ。
今日も今日とて新たなお茶を用意してきた。二、三日同じものを飲んでもらって体調が改善するか様子をみなきゃ、効果があったのかそうじゃないのか分からない。
椅子に座り上品にお茶に口をつけた母が、コップを元の位置に戻す。
向いに座り固唾を飲んで彼女の様子を窺う俺。
「あら、苦くないわ」
「飲みやすさも頑張ってみたんだ。薬効も前と少し変えているよ」
「紅茶をいただくより、イドラのお茶の方がおいしいわ」
「ほんと? 淹れておくから食事の時も飲んでよ」
お茶を飲んだ彼女は再びベッドに戻った。
生気のない青白い顔で微笑み、さとすように俺に声をかける。
※今回は完結まで書けておりますので、是非最後までお楽しみください。
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