第15話
翌朝、食卓には気まずい雰囲気が漂っている。中々一階に下りてこなかったミチルの朝食を作ったのはこの家の家主の少年だ。
彼女は茶碗によそられた米に視線を落としては首をかしげていたが、昨夜のことが尾を引いているのか、少年に話しかけることはなかった。少年もまだ少女の事を許していないのか、話しかけることはなかった。
教室ではいつも孤立していた少女だっだが、今日は隣に綾瀬千春という友人がいる。
少女の事を許していなかった少年も、少女に友人ができたことは素直に喜ばしいと思う。結果的に幼馴染を騙すことになってしまったことに対しては、少し罪悪感を覚えているのだが。
放課後になると奏多は一人で教室をあとにする。奏多はミチルが何か言いたそうにしていることに気がついていたが、あえて無視をした。仕方なくミチルは千春と帰宅することにした。
ミチルが帰路につく頃、奏多は最寄り駅から徒歩十分圏内にある都立図書館にやって来ていた。そこで東京に本社を置く製薬会社を調べていたのだ。
奏多は昨日のアビル内での事を思い出す。
――火災警報器が鳴り出してから現れたあいつが裏道さんのいうセキュリティだとしたなら、僕の首を締めたあいつは誰なんだ。
考えられる可能性は一つだけだった。
――アビルゲート……か。
もしも昨日の男がアビルゲートを使用していたとすれば、あの男は製薬会社の人間ということになる。少しでも情報を集めるため、奏多は図書館にやって来ていた。
「あぁーくそっ、全然ダメだ。ミチルの父親が経営していた製薬会社がどれなのかさっぱりわからない。東京に本社を構える製薬会社がこんなに沢山あるなんて思いもしなかったよ」
不貞腐れたように項垂れていると、
「あれ、奏多……? お前こんなところで何してんだよ?」
「ノブ……? そっちこそなんでこんな所に?」
ハリネズミのような金髪がトレードマークの友人と図書館で出くわしたことに驚きを隠せない奏多。パンクな彼からは最も縁遠い場所だと思っていたのだ。
「俺っちはちっと野暮用でな。そういう奏多は……?」
「僕は……えーと、その……」
どうやって誤魔化そうかと考えたが、これ以上友人に嘘をつきたくなかった奏多は、素直に話すことにした。
「今日学校で言ったろ? 裏道さんが居候してるって。彼女の亡くなったお父さんは製薬会社を経営していたらしいんだけど、それがどこの製薬会社なのかなって思ってさ」
「ふーん。で、なんでそんなことが気になるんだよ? つーか本人に直接聞けば……?」
「それも考えたんだけど、なんか複雑な事情があるみたいでさ、本人に直接は聞けなくて」
奏多が素直に打ち明けると、昇は何かを思案するようにまぶたを閉じる。
そして一拍あけた後、「裏道の親父さんが生前経営していた製薬会社はトリック製薬だな。ちなみにいまは裏道の叔父にあたる人が経営しているはずだぜ」淡々と語った。
「……なんでノブがそんなこと知ってるのさ?」
当然、奏多は疑問に思う。
「いや……まぁ、そんなことはどうでもいいじゃねぇかよ」
ばつが悪そうに笑って誤魔化す友人に「あっ!」奏多はとあることを思い出す。
それは授業中、友人がよく彼女の方を見えいたということ。そこから導き出される答えは、彼がこっそり彼女に恋心を抱いていたということ。好きな人のことを知りたいと思い調べることは何ら不思議なことではない。
――ノブが裏道さんを……か。なるほどなー。
「ちなみになんだけどさ、裏道さんのお父さんがどうして亡くなったのか知ってたりする?」
いくらなんでもそんなことまではさすがに知らないよなと思った奏多だったが、「奏多だし、まいっか」といつもの軽い調子で話しはじめた。
「ここだけの話、裏道の親父さんの死因については色々と黒い噂があるみたいだぜ」
「黒い噂……?」
「世間的には心筋梗塞だって言われてるみたいなんだけど、一部では薬物の過剰摂取が原因とか、まぁ色々憶測が流れてるみたいだな。なんせあのトリック製薬の元社長だからな」
とても含みのある言い方だった。
「あのトリック製薬って、なにか良くない噂でもあるのか?」
「えっ……いや、その………そう! 俺っち突然急用を思い出したぜ。んっじゃまたな奏多!」
気になる言い方をした友人に小首をかしげると、逃げるように走り去ってしまった。
「結局ノブは図書館に何をしに来たんだろ……?」
友人の謎の行動に多少疑問が残る結果となったが、一部謎は解けた。
ミチルは父の死の真相を本人に直接聞きに行こうとしてるのではないかと、奏多は推測していた。
実の父が薬物の過剰摂取が原因で命を落としたなどという根も葉もない噂を立てられれば、誰だって不愉快に思うだろう。裏道ミチルは亡き父の汚名を晴らすため奮闘しているのだ。
――となると、やはり問題はあのスーツの男だ。
結局あの男は何者だったのだろうかと考える。仮に【人類永久計画】に関わる人物だったとしたなら、なぜ自分を襲ったのだろう。
「僕じゃなくて、目的は裏道さんか……?」
――でも、だとしたらなんで……? 理由がわからない。
謎は深まるばかりだった。
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