第8話

 そして現在、居間には家主の少年を含めた三人がいる。


 湯上がりにセットアップのルームウェアに着替えた同級生な少女と、額からぶちぶちと奇怪な音を奏でる幼馴染の少女。座布団に腰を下ろした幼馴染の少女は、衣嚢からエイリアンを取り出すとそれをぷにぷにさわり始める。対して同級生な少女はまるで女王様のようにロッキングチェアに揺られている。対象的な二人は態度まで真逆だった。


 敵意をむき出しにした幼馴染の少女が「ガルル」威嚇する犬のように喉を鳴らせど、同級生の少女はまるで相手にする素振りなど見せずに優雅に揺れ続けている。


 自分の家なのに、なぜこんなにも居心地が悪いのだと困惑する少年。まるで生きた心地がしなかった。


「お、お茶でも淹れようか」


 ガンッ! 沈黙に耐えきれなくなった少年が立ち上がると、机に拳が振り下ろされる。覇王色の覇気を放つ幼馴染の少女だ。常人なら気を失ってしまうほどの覇気に当てられた少年は、無言でその場に座りなおした。


「なんで裏道さんがかなくんの家でお風呂に入っているのかな!」


 まるで両親が留守にしている間にこっそり恋人を自宅に招き入れたが、思いがけず両親が帰宅、その後恋人を連れ込んでいたことがバレてしまった中学生のような気分の少年。


 この状況をどう誤魔化そうかと策を巡らす少年は、さしずめ一休さんといったところ。なにかいい頓智はないものかと瞑想する少年を差し置いて、同級生な少女がとんでもないことを口にする。


「あら、天道くんからなにも聞いていないかしら? 私、ここに住むことになったのよ」


 ――この状況で何言ってくれてんだよ!?


 後ろから和尚さんにトンカチで頭をぶん殴られたような衝撃に、一瞬意識が吹き飛びそうになる一休さん。


 無言で立ち上がった幼馴染の少女は豊かな胸をゆさゆさ揺らしながら、意識が朦朧とする一休さんの胸ぐらを掴み取った。


「うぅっ……!?」

「かなくんの不潔、最低、ろくでなし、甲斐性なし!」


 一部使い方が誤った言葉を吐き捨てながら、幼馴染の少女は罵詈雑言をがなり立てる。


「お、落ち着いてよちーちゃん!?」


 もう終わりだとすべてを諦めかけたそのとき、同級生の少女が再び口を開いた。


「あら、綾瀬さんはなにかひどい勘違いをしているんじゃないかしら?」

「勘違い!? これのどこが勘違いだっていうのっ! 裏道さんはスッポンポンで廊下を歩いてたじゃない! い、いいいまからナニをするつもりだったのよこの泥棒猫ッ!」


 一休さんから手を離した幼馴染の少女は、そのままロッキングチェアに揺られる女王様と対峙する。


「綾瀬さんには明日朝一番で眼鏡屋さんに行くことをおすすめするわ。それと、変な言いがかりもやめてもらえるかしら? あと、妙な想像をするのもやめてもらえると助かるわ。ゾッとするもの」

「言いがかりじゃないもん! あたしちゃんと見たんだから!」


 憤怒に燃える少女が喚き散らそうと、女王様はそれを冷静にいなした。


 やがて立ち上がったミチルに「な、なによ。や、やるの!」謎のファイティングポーズをとる千春だが、その腰は引けていた。妙な威圧感を放つ女王様に臆してしまったのだろう。


「何もしないわよ。それに、天道くんは親切心から私をここに住ませてくれただけよ」

「しんせつしん……?」


 どういうこと……? と少年を見つめる幼馴染の少女。しかし、それを知りたいのは少年も同じ。少年は幼馴染の少女同様、同級生な少女に目を向けた。


「私、東京で父と二人暮らしをしていたのだけど、その父が亡くなったのよ。東京で一人暮らしをするには、なにかと高くつくでしょ? だからこっちに越して来たのだけど、やっぱり独り暮らしだと色々と大変で、結局家賃を払えずに家を追い出されてしまったのよ。そのことを知った天道くんが、部屋が余ってるからって」

「そうなの……?」

「え……あっ、うん、まぁね。似たような境遇だったから」


 少年は咄嗟に少女の嘘に乗ってしまった。少女はしてやったりと口端を持ち上げた。


「ハッ!?」


 ――しまった、これは罠だ!


 これじゃあ彼女がここに住むことを僕が認めてしまったことになるじゃないか!


 ちょっと待てよ……。


 少年は先程の少女の不可解な言動を思い出していた。

 なぜ彼女はバスタオル一枚で廊下に出てきたのだろうか。


 ――まさか……わざとなのか!?


 少年が二階に行き、少女の荷物を確認してから戻るまでわずか数分。それから幼馴染と同級生が鉢合わせをするまでの時間を計算しても十分足らず。シャワーだけだとしても早すぎる。

 考えられる可能性は一つ。


 そう、【可能性】だ。


 裏道ミチルはあらかじめこうなることを知っていたと考えるのが自然。あのタイミングで少年を二階に誘導したことも、その間にシャワーを浴びていたことも、玄関で話し込む二人の元にバスタオル一枚で現れたことも、すべて彼女の計算だったのだ。


 裏道ミチルはあえてこの状況を作り上げた。そうすることで、追い出されない未来があることを知っていたのだ。


「もちろん、高校生の男女がひとつ屋根の下で生活することには問題があるわ。だから私は天道くんの迷惑になってしまうからと断ったのよ。でも、綾瀬さんも知っているとは思うけど、ほら、私って教室でも孤立しているでしょ? だから他に頼れる人もいなくて……つい天道くんの優しさに甘えてしまったのよ」


 芝居がかった身振りで平然と大嘘をつく同級生に、人の良い少女が涙ぐんでいく。


「でも……そうね。綾瀬さんのいう通り、やっぱりこんなのはダメよね。荷物をまとめてすぐに出ていくわ。大丈夫、今日は雨は降っていないから公園でも寝られるもの。ただ、変質者に襲われないかと怯えながら眠りにつくだけのこと。……それだけのことよ」


 三文芝居で肩をすくめた同級生が居間をあとにする。すると台本でもあるのかと尋ねたくなるほど完璧なタイミングで「待って!」人の良い少女が呼び止める。


 人の良い少女からは女優の顔が見えていないが、家主の少年からはばっちりと口端を持ち上げる嘘つきの横顔が見えていた。


「さっきはその……つい感情的になっちゃってごめんね。かなくんは優しいから、変質者さんみたいなことは絶対にしないから、だから安心してここに居てほしいな」

「でも、そんな……やっぱり迷惑になってしまうわ」

「そんなことないよ! あたしも時々様子を見に来るし、我が家だと思って安心して。ねぇ、かなくん?」

「…………………………………………………………ああ」


 完璧にしてやられた少年は、かすれた声で返事をすることしか出来なかった。


 その後、打ち解けた二人がスマホの番号などを交換するのを横目に見ながら、少年は遅々とした足取りで風呂場に向かった。

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