異能力は日常の中で……。

🎈パンサー葉月🎈

第1話

 ――――バンッ!


 乾いた銃声が晴れわたる晴天に鳴り響く。

 全身を血に染めた少年はただでさえ瀕死の重症を負っている。彼が歩いていた石畳の床には、ナメクジが這ったような血の跡が続いていた。そこにトドメの一発が撃ち込まれる。


 胸を撃ち抜かれた少年が前のめりになって倒れ込む。ダークスーツに袖を通した男がじっと少年を目下に見据える。その顔に表情はない。


「任務完了」


 感情のない声音がわずかに大気を揺らした。

 この日、天道奏多は死んだ。

 裏道ミチルという少女を信じてしまったがために……。                    





    

「いただきます」


 年代物のテーブルには卵焼きと豆腐の味噌汁、それに白米と納豆が並べられている。

 用意したのは他ならぬこの家の主――天道奏多である。


 彼は生まれてすぐに両親を事故で亡くし、たった一人の肉親であった祖父は先月旅立った。

 しかし、奏多は祖父の死をそれほど悲しんではいない。彼の祖父は天寿を全うしてこの世を去ったのだ。人の死でもっとも悔やまれることは、彼の両親のように不慮の事故でこの世を去ることだ。


 高校一年の彼が一人で暮らすには、この家はあまりにも広かった。

 日曜日の朝から掃除を開始して、すべて終わるのは二十二時を過ぎた辺り。


 お陰で今朝は少し体が怠かった。おそらく掃除のやり過ぎによる寝不足が原因だ。

 孤独を紛らわせるように付けていたテレビからは、今日も暗いニュースが流れてくる。


『東京都内で〝能力者〟による殺人事件が発生しました。死亡したのは住所不定無職の男性。犯人は現場から逃走したことが警視庁により発表されています。続いて今日の――』


 ニュースキャスターは相変わらずの無表情で、今日も誰かの死を淡々と伝えている。それを聞く人も、きっといまの彼のように無関心で、右から左へ聞き流しているのだろう。

 地元で起きたニュースならいざ知らず、大都会東京で起きたニュースに関心を寄せることはない。


「ごちそうさま」


 独りぼっちの朝食を終えた奏多は、洗い物を済ませて学校に行く支度を整える。それから仏壇の前に座って手を合わせ、両親と祖父母にいってきますと声をかけた。


 立ち上がり玄関に向かおうとした奏多だったが、何かを思い出したように踵を返す。仏壇の引き出しにしまっておいた通帳を取り出した彼の表情が、暗いものへと変わっていく。


「二万……四千円か」


 宛にしていた祖父の年金ももう入ってこない。アルバイトを始めるつもりではあるが、それだけではとても生活を維持できない。


「やっぱり売りに出さないといけないのかな」


 祖父との思い出が詰まったこの家を手放す、考えると胸のあたりがきゅっと苦しくなる。柱に刻まれた祖父との思い出を指先でなぞりながら、奏多は重たい足取りで玄関に向かった。


「高校、やめようかな」


 自宅から自転車で十五分ほど行った先に奏多の通う公立高校はある。

 窓際の席に腰をおろした奏多は、緑色のカーテンが掛けられた神秘的な空をぼんやりと眺めている。


 かつてこの星を襲った小惑星アビル。世界の十分の一を消し飛ばした小惑星は世界に膜を張り、一部の人間に特殊な力を与えた。

 能力者、そう呼ばれる者たちの起源がまさにあの神秘的な光なのだ。


「何々、かなくん高校辞めちゃうのぉ?」

「マジかよ!? そりゃねぇよ。なんか困ったことがあったら俺っちたち力になるからさ。辞めるとかいうなよ、な?」

「く、苦しい、苦しいよ……ノブ」


 隣の席の綾瀬千春に何気ない独り言を聞かれてしまった奏多は、彼女の声に反応した友人、堤下昇によって後ろからチョークスリーパーをかけられてしまう。


 二人とは小学生時代からの幼馴染み。独りになった奏多を何かと気にかけてくれる気のいい友人たちだ。


「ギブ、ギブッ!」


 蒼白い顔の奏多が昇の肩を必死にタップする。


「あっ、悪りぃ。危うく落とすとこだったぜ」

「……死ぬかと思った」

「奏多はオーバーなんだよ」


 突き抜けるような明るい笑い声を響かせる昇が、友人の背中をバシバシ叩いている。これが彼なりの励まし方なのだろう。


 パンクロックが好きな昇は派手な金髪に、髪をこれでもかと逆立てている。


 少年いわく、反骨精神が毛根に伝わったのだとか……。

 実際はハードジェルで固めているだけのようだが、腰から下げられたチェーンが彼という人間を表しているようでもあった。


 一方の千春は、おっとり天然系の癒し娘という印象だ。肩口で内巻きに巻かれた栗色のミディアムボブに、高校一年生とは思えないほど発育のいい胸部。いつも持っているぬいぐるみエイリアンは七年前、小惑星襲来の際に両親に買ってもらったものだ。これがないと千春は昔から落ち着かない。


「で、なんで高校辞めるとかいうわけ? なんか悩み事か? 俺っちに相談してみ」


 前の席に後ろ向きで腰を下ろした昇は、健康的な白い歯を見せながら問いかけてくる。


「やっぱり生活が大変とか……?」


 続けて間延びした声で首を傾けた千春は、少し不安そうな瞳で奏多を見た。


「じいちゃんが思ったよりも遺してくれてたから、お金は全然余裕! むしろなんでも欲しいもの買えたり?」

「なんだよそれ、めっちゃ羨ましいじゃねぇかよ」

「じゃあアルバイトしなくて済むね」

「え……あ、うん」


 肩を揺らしながら嬉しそうに言った千春の一言に、奏多は言葉を詰まらせてしまった。


「ほら、うちの高校アルバイト禁止だからさ、内心心配してたんだよ。お父ちゃんなんか俺が学校に行って話つけてやる! って。えへへ。でもそうかぁ~、なんにも心配ないんだね、良かった」

「……うん」


 奏多は昔から要領が悪い。

 正確には要領が悪いのではなく、人から同情されるのが嫌だった。


 物心ついたときには両親がいなかった奏多は、他人から親のいない子だと思われることが嫌で、いつもくだらない見栄を張る。生前の祖父にも耳にタコができるほど言われていた。


 〝親がいないことは恥ずかしいことじゃない。だから素直になりなさい〟


 高校生になったいまも、奏多は素直になれずにいた。

 二人なら自分を哀れみの目で見ないことを知りながらも、それでもやっぱり見栄を張ってしまう。可哀想なやつだと思われたくない。その気持ちがどうしても勝ってしまうのだ。


 憂鬱な気分に胸のあたりがムカムカする。これから先の生活を想像するだけで吐き気を催してしまう。奏多は担任に気分が優れないと言い残し、一時間目の途中で退室した。


 向かった先は保健室ではなく、学校の屋上。

 屋上に寝転んで見上げる神秘的な光が奏多は好きだった。まるで海底深くに潜ったクラゲにでもなったような気分になると、不思議と心が落ち着いた。


 手を伸ばしてもけっして届かない空が、ここなら少しだけ近くに感じられる気がした。

 指の隙間から漂う世界の膜を、奏多はじっと見つめていた。

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