第36話 別れ話

「な、な、な、なんで!?」

慌ててシーツで体を隠そうとするも、その前に抱き締められてしまった。

しかも力強く抱きしめられているため抜け出すことができない。

苦しくて身じろぎするも拘束を解くことはできなかった。

それどころかますます強く抱き締められてしまう始末だ。

苦しいはずなのに不思議と嫌ではないと思った自分に驚く。

だが、このまま流されるわけにはいかない。

意を決して彼の名を呼ぶ。

そうすると、今まで聞いたことがないような優しい声音で返事をされた。

そのことに動揺しつつも言葉を続ける。

話しているうちにだんだん冷静になってきた私は、自分の置かれている状況を理解し始めた。

どうやら彼は私を心配して来てくれたようだ。

そのことに申し訳なさを感じると同時に嬉しさが込み上げてくる。

その気持ちを伝えるために、私も自分の気持ちを伝えようと決めた。

決心を固めると、顔を上げて真っ直ぐ見つめ合う。

緊張で心臓がバクバク鳴っているのがわかるのです。

上手く言えるかどうか不安だったが、勇気を出して言葉にした。

「好きです、付き合ってください!」

言えた、ちゃんと言えた、やったー! と思っていたら、急に視界が反転しました。

何が起きたのか分からず混乱していると、背中に柔らかい感触がありました。

どうやらベッドの上に押し倒されたようです。

状況が理解できずに固まっていると、上から声が降ってきました。

見上げると、そこには切羽詰まった表情の御幸さんがいました。

どうやら我慢できなくなったみたいです。

そういう私も、さっきからずっと心臓が爆発しそうなくらいドキドキしています。

恥ずかしくてまともに顔が見れません。

お互いに黙ったまま時間が過ぎていきます。

そんな中、先に動いたのは御幸さんの方でした。

顔を近づけてきたと思ったら、次の瞬間には唇が重なっていて、舌が絡み合っていました。

歯列をなぞられ上顎を舐められると、背筋がゾクゾクして、体から力が抜けてしまいました。

酸素を求めて口を開こうとすると、

「ダメだ、鼻で呼吸しろ」

と言われ、再び深いキスが続きました。

酸欠気味になりながらも、なんとかついて行こうと頑張りましたが、結局、意識を失ってしまいました。

目が覚めると、隣には誰もいませんでした。

時計を見ると、午前8時過ぎを指しています。

昨日はあのまま寝てしまったようです。

急いで支度をして会社に向かいました。

会社のロビーに入ると、ちょうどエレベーターが到着したところでした。

タイミング良く乗ることができ、ほっと胸を撫で下ろしていると、後ろから話しかけられました。

振り返ると、そこには御幸さんが立っていました。

挨拶を交わしてから、一緒にオフィスへ向かいます。

途中、昨日のことについて話を聞こうと思いましたが、うまく言葉が出てきませんでした。

結局、聞けないまま時間だけが過ぎていきました。

終業時刻になると、

「お先に失礼します」

そう言って、足早に立ち去ってしまいました。

それからというもの、避けられているのか、

それとも、単に忙しいだけなのでしょうか、

とにかく、顔を合わせる機会がほとんどありませんでした。

そんなある日、偶然、廊下ですれ違いました。

久しぶりに会った彼は、心なしか元気がないように見えるような気がします。

思い切って声をかけることにしました。

しかし、私が声をかけるよりも先に、別の人物が声をかけてしまいました。

その人物は、同じ部署で働く後輩の女性です。

彼女は、私と彼の間に割り込むように立つと、笑顔で話しかけてきました。

その様子を見た私は、胸の奥に痛みを感じ、その場から立ち去りました。

その日から、毎日のように彼と彼女の後輩の間でやり取りが行われていました。

その様子を遠くから眺めることしかできませんでした。

ある日、彼に呼び出され、屋上へと向かいました。

ドアを開けると、そこには、夕日に照らされた美しい景色が広がっていました。

その光景を眺めていると、不意に声をかけられました。

振り返ると、そこには、彼が立っていました。

話があると言われて、嫌な予感を感じながらも話を聞くことにしました。

予想通り、彼から告げられた言葉は、別れ話でした。

理由は、他に好きな人ができたからだそうです。

もちろん、ショックでしたし、納得できない部分もありました。

けれど、彼には幸せになってもらいたいという気持ちもあり、受け入れることにしました。

最後にお礼を言うと、彼は去って行きました。

その姿を見送った後、その場に座り込んで泣き崩れました。

どれくらい時間が経った頃でしょうか、

ふと、背後に気配を感じ、振り返ると、そこには、見知らぬ女性が立っていたのです。

年齢は20代後半くらいでしょうか、綺麗な顔立ちをした女性でした。

女性は、私の側に歩み寄ると、優しく抱きしめてくれました。

その温もりに包まれたことで、安心感を覚え、自然と涙が溢れてきました。

どのくらい泣いていたのでしょうか、

気がつくと、辺り一面、水浸しになっていました。

それでも、涙が止まることはありませんでした。

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独女は温泉巡りしていると御曹司と出会い、溺愛に包まれる 一ノ瀬 彩音 @takutaku2019

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